ゆとり教育と携帯電話

先日、大学の先生である友人と会食する機会があった。
ゆとり教育で育った若い人の良いところ、悪いところの集大成を、
大学でどう花を咲かせるかが今、問われているのだが、
実はそのゆとり教育の実態は、お粗末で恐ろしいものだそうだ。
例えば、コンパの支払い段階で、割り勘する暗算能力がないから、
携帯電話を持ち出してワイワイガヤガヤ計算するという。
アルコールを飲まない女性は半額に、遅れてきた人も半額に、という具合に、
「応用問題」になると、もうパニックになるというから小学生並み、
大人としては心もとない。
従って、次回の幹事は、もう沢山ということで、誰も幹事をやらないから、
昔ほどコンパがないと嘆く。
従って、コミュニケーション、協調性も育つ機会が減っている。
暗算能力がないこと、それがゆとり教育の最大の欠陥では、と彼は言う。
基礎能力がないところに、携帯電話という文明の利器が登場したのは皮肉であり、
九九は知らなくとも、携帯電話の電卓機能があれば、
十分計算はできるから、問題はないはずだった……。
それが、簡単な応用が利かないだけでパニックになり、
集団生活になじめない人を作り出したのだとも言う。
真偽は別としても、考えさせられる「ゆとり教育と携帯電話」の話だった。
(K.K.)
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