過去の弊社ブログの連載から、特に役立つ項目をまとめました。
今回は、「手描きデザインスケッチのコツ、業界による必須スキル」です。(最終回)
手描きスケッチの重要性
今回はプロダクトデザイナー(アプリではなく自動車・家電・雑貨等の物理的なプロダクト)に向けた内容で、「手描きスケッチ」についてです。紙と鉛筆やマーカーだけでなく、ペンタブレットを使って描くものも、ここでは手描きスケッチに含めます。
企業が手描きスケッチを重視する理由
プロダクトデザイナーの求人内容をヒアリングすると、やはり手描きスケッチの重要性を切に感じます。業界にもよりますが、それとほぼ同等に求められるのが、3D-CADおよびレンダリング能力。他にも製造の知識や構造、機構、交渉能力などがありますが、まずは手描きと3Dです。
ある企業の方が、こんな話をしていました。
「『手描き』と『3D』は車の両輪みたいなもので、どちらも同じように大事。ただし、今回の募集は20代の若手希望なので、まずは手描きスケッチを重視する。3D-CADは入ってからいくらでも教えられるけど、手描きは教えられないから。」
なお、ここでいう手描きスケッチとは、サムネイルやアイディアスケッチのことです。初期段階でサッと描いて思考を広げるラフなスケッチの能力が求められます。(カーデザイナーの場合は、Photoshop等で色を付けたスケッチも求められます)
■参考1:日産のデザイン部のサイトにてスケッチを公開しています。
■参考2:自動車技術会 デザイン部会にて各自動車メーカーのデザイナーのスケッチを公開しています。ギャラリー「プロのデザイン画の世界」
また、最近では、新規事業企画の初期段階に手描きスケッチを使ったアイデア共有ができるデザイナーが重宝されています。たとえば会議の中で、「それって、こんな感じ?」と即興でサッと描いて見せられる人がいると、チームの思考を可視化することができ、議論が一気に深まるのです。「グラフィックレコーディング(グラレコ)」も、その瞬間のイメージを可視化する手描きスキルの使用例です。
このように、手描きスケッチに求められているのは、きれいな完成予想図を描くことだけではありません。きれいな完成予想図は3Dを使ったレンダリングでOKです。しかし手描きのラフスケッチは考えるための道具であり、かつ相手(上司、同僚、時にはクライアントも)に伝えるコミュニケーションツールでもあります。
ある企業の選考担当のデザイナーの方が、こんな話をしていました。
「彼は絵が描ける方ですね。うちの製品は円の部品が多いので、この楕円を見ればある程度能力がわかります」
円や円柱を立体として描く場合、見る角度によって楕円の形は変わります。こうした基本的な形の描き方にも、立体を捉える力が表れるということなのでしょう。そしてその候補者は書類選考を通過しました。
「絵を重視するというのは、絵の上手い下手じゃないんですよ。
デザインを発想するところでは、生身の人間が、手を使いながらものを描く、そして描くことで頭が活性化する
- それが大事なんですよね。
(中略)
ただ、僕たちはデザイナーだから、何のためのスケッチなのかを忘れてはいけない。
僕たちにとって絵は、的確に、速く、相手を説得するためのコトバなんです。
だからインターンの学生にも、僕らの絵は記号でいい、と言ってるんですよ」
こうした「考えるためのスケッチ」「伝えるためのスケッチ」は、実際の採用選考でも見られています。
選考課題でラフを見る理由
特にプロダクトデザイナーの一次面接では、事前に課題が出され、2週間後に対面でデザイン案をプレゼンする、という形式がよくあります。その際に、多くの企業が途中のラフスケッチもできるだけたくさん持ってくるように言われます。
企業はそのラフスケッチから、アイデア発想の豊富さを見ています。例えば選択したデザインが無機質でシンプルな形だったとしても、途中段階として有機的な形や複雑な形が出ていれば、そうした発想の「幅」を見ることができます。また、どのような案を検討し、そこからなぜ最終案を選んだのかという、考え方のプロセスを見る材料にもなります。
逆に落とされがちなのが、全くラフを描かずに完成デザインだけの人です。
課題内容はたいてい自社の製品に関わるものなので、応募者が作成したデザイン案は、専門家であるその企業のデザイナーから見れば、穴や見落としがあることが多いです。そうした時に、完成デザイン1案のみだと、何も反論できなくなって見送りになることが多いです。
途中ラフでいろいろな案があると、先方から、「こっちの案、良さそうですね。なぜこれを落としたんですか?」などと話が広がり、挽回できることもよくあります。
まとめ
どんな職種でも、採用面接では候補者のコミュニケーション能力も見られます。デザイナーは言葉に加えて、絵でもコミュニケーションします。絵によるコミュニケーションは、言葉がわからなくても世界共通に通じるという利点もあります。これもデザイナーの強みだと思います。
ポートフォリオには、最終レンダリングだけでなく初期段階の手描きラフスケッチ、アイディアスケッチを加えることを強くお勧めします。スケッチ力は、描き続けることで確実に上達します。次回は、実際に練習や研究に役立つ参考書籍をご紹介します。
おすすめの手描きスケッチ参考書籍
◆How to Draw – オブジェクトに構造を与え、実現可能なモデルとして描く方法

Scott Robertson(著) 出版社:ボーンデジタル
線画でさまざまなものをスケッチできるようになることに重点が置かれた本です。正確な形状を、パースを取りながら描くための説明が非常に丁寧に掲載されています。また、飛行機と『車輪付きの乗り物』についてもかなり詳しく掲載されています。カースケッチではなく、「車輪付きの乗り物」と書いたのは、表紙にもあるように、全く新しい乗り物を描けるように指導されているからです。飛行機も、アニメや未来設定でも使えそうな飛行体が多数掲載されています。一方で、着色方法にはほとんど触れていません。

IDSA(編集)、Lynn Haller(原著)、Cheryl Dangel Cullen(原著) 出版社:毎日コミュニケーションズ
少し古いのですが、世界中の数多くのヒット製品について、発想段階からサムネイル、アイディアスケッチ、レンダリング、ラフモデル等まで掲載されています。中には驚くほど雑なサムネイルもあり、この商品がこんなラフな絵から生まれたんだと、妙な感慨を覚えます。もちろん、手描きスケッチも豊富です。
◆Sketching: Drawing Techniques for Product Designers

Koos Eissen(著)、Roselien Steur(著) 出版社:Bis Pub
こちらは英語ですが、厚さが3cm近くあります! ラフスケッチに重点を置いており、まさにぴったりな内容です。海外のさまざまなデザイン事務所のラフスケッチを掲載しています。スケッチの描き方、パースの付け方や影の付け方など、細かく説明があります。
私は英語は得意ではないのですが、大量の絵を見ているだけでも勉強になります。また、最近ではスマホでGoogle Lensなどを使って翻訳もできるので、ポイントだけ読む分には十分だと思います。
清水 吉治(著) 出版社:日本出版サービス
言わずと知れた日本のマーカースケッチの第一人者、清水吉治先生の書籍です。後半にキヤノン、セイコーエプソン、富士フイルム、日野自動車、富士重工、タニタのインハウスデザイナーが描いたラフスケッチが掲載されており、数ある清水先生の書籍の中でも、手描きスケッチのテーマではこの本をお勧めします。
本来は門外不出でしょうが、清水先生だからこそ掲載できたのであろう貴重な資料を見ることができます。

増成 和敏 (著) 出版社 : オーム社
元パナソニックのデザイナーで、芝浦工業大学 デザイン工学部の教授である増成氏が書いた本です。最も大きな特徴は、芝浦工大という美術を全く勉強していない学生に対して教えているので、まっすぐな線の引き方、丸の書き方、その練習の仕方から丁寧に教えてくれているところです。
スケッチに慣れていない人は、意外とまっすぐに線を書けないですよね。でも実際のデザインの現場で線が曲がっていると、「ここってなんでRつけてるの?」と質問されてしまいます。「いや、そこは直線です」と答えると、「じゃあそう書いてよ」と怒られます。。。
また、最後の方に「スケッチ指導」という章があります。こちらもとても良いのですが、芝浦工大の学生が書いたアイデアはあるけど説明できていないスケッチを、増成先生がシンプルな修正で見事に意図が伝わるように書いています。この本は特にスケッチが苦手な人、美大を受験していない人におすすめです。
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KEEOS Design Books (Klara Sjölen and Erik Olofsson)
英語のスケッチの本で、スウェーデンのデザイン学校が中心となって作った書籍です。他の本との違いとしては、それぞれのスケッチに何を使って描いたかが記載されている点です。例えば「青鉛筆」だったり「黒鉛筆、ボールペン、マーカー、楕円定規」「黒鉛筆、Painter」「ペン、マーカー、Photoshop」等。
おそらくその学校の学生のスケッチだと思いますが、手描き説明用スケッチをメインとして構成しているので、とても参考になります。また、最終章でマーカーで簡易に陰影だけをつけたラフスケッチの描き方を、ステップバイステップで解説しています。
※日本のAmazonでは扱っていないようです。本のタイトルに貼ったリンクは海外のAmazonのサイトに飛びます。
檜垣万里子 (著)
この本は、その中でも特に数多くの素晴らしい観察スケッチをアップしていたプロダクトデザイナー檜垣万里子氏の「観察スケッチ」を集めた本です。twitter等で「#観察スケッチ」で検索するとたくさんの方々が身近な商品を観察してその構造を丁寧に描いた手描きのスケッチが多数出てきます。
特に学生さんや若いデザイナーは、ぜひ参考にして自分でも描いてみていただきたいです!描くだけでスキルアップになります。転職したいという方で「現職では希望の分野の製品ができない」という方も多いのですが、その分野を希望している、という気持ちをポートフォリオに示せると強いです。
今後転職したい分野の製品を「観察スケッチ」で研究・分析して、多数掲載しておけば、「当社の分野は未経験だが、いろいろと勉強しているから入ってから即戦力になるまで早そうだ」と思ってもらえる可能性が高くなります。
業界による違い
転職紹介の仕事をしていると、業界によって求められる人材が全く異なると感じます。A社では非常に高評価だった人が、B社では受からないという状況がよくあります。以下に業界ごとの一例を上げます。
採用試験ではこのような能力を、新卒や若い方は潜在能力として感じさせられるか、中堅以上では実務経験として提示できるかどうかが合否の分かれ目になります。
(同じ業界内でも企業や、その時にいる他のメンバーによっても異なります。構造に強いメンバーが多い場合はスタイリング重視のデザイナーを求める等です)
自動車関連
デザイナーとモデラーが分業していることもあり、デザイナーは感情に訴える魅力的なスタイリングデザイン、それを表現するスケッチスキル、自動車を360度から表現できるスケッチスキルが求められる。また、大変複雑な曲面を扱うのでそれを理解できる高い立体認識能力も必要。エクステリア(外観)とインテリア(内装)が分業されており、中堅の募集では適した経験がなければ採用してもらえない。
自動車デザイナーの中途採用では、そもそも自動車デザイン実務経験者以外は門前払いとなることが多い。
また、先行提案と量産経験が区別されており、例えば量産経験者を求める求人で、先行提案(モーターショー等のショーカー)ばかりをデザインしてきた方はその理由で落ちることもある。
ほぼ全ての会社で、実技試験があるのも特徴。
3Dモデラー(デジタルモデラー・CASモデラー)は、デザイナーが描いたスケッチを複雑な自動車の条件を踏まえつつ実際の立体形状に3D-CADを駆使して落とし込んでいく。そうした3Dスキルと高い立体認識能力が必須。クレイモデラーはインダストリアルクレイ(デザイン用粘土)を使ってデザイナーの思い描く形を立体形状に具現化する。同様にクレイを思い通りの形状に削り出すスキルと高度な立体認識能力が必要。
こちらもほぼ全ての会社で実技試験がある。デザイナーと違い、家でやることができないので1日から数日かけて行われる。
カラー(CMF)デザイナーはコンセプトに沿ったカラーリングを提案する能力と、それをデザインに興味のない経営陣が納得するような理由づけができることが必要。理由づけ(コンセプト立て)は、メーカーにいて経験したことがないと難しいため、こちらもメーカー経験者を求められることが多い。
※自動車デザイナーの方も、登録時は「プロダクトデザイナー」で登録した方が採用側の検索にヒットしやすいです。
家電
スケッチで描いた形状をエンジニアと協議しつつ、3D-CADで実際の形状に落とし込む。仕上げはデータをレンダリングソフトにもっていき、レンダリングする。大企業であれば派遣社員の3Dモデラーがいる場合があるが、ほとんどの企業ではデザイナーも3D-CAD能力が必須。また、デザインコンセプト立案のためのリサーチや、CMFの新技術情報の収集、トレンド把握にもかなりの時間を割いている企業が多い。
(そもそも日本の大企業では、家電よりもB to B製品にシフトしているので、大企業での募集は非常に狭き門となっている。基本的には他社で家電製品をデザインしてきた人でなければ受からない)
中企業、新興企業であればとにかくスピードが重要。パーツレベルまでデザイナーが3Dで作りこみ、そのまま製品化して時間短縮している企業もあれば、逆にデザイナーはIllustratorで二面図やイメージ画だけ描いて、あとは製造を担当する中国企業が3Dにして試作してしまう、というケースがある。
そもそも、デザイナーを社内に置かずにデザイン事務所に外注しているケースも多い。求められる能力は、大企業では同業製品のデザイン経験、特にコンセプト立案のためのリサーチや分析を深くしている企業が多いため、そうした経験のある方。また、電気部品を内蔵する製品のデザイン経験がないとそれを理由にはじかれることがよくある。最近ではUXデザインの視点で上流から下流まで提案できること、をポイントにする企業も多い。
医療業界
流れ自体は概ね家電と同様。しかし最も大きなポイントとしては、見た目で選ばれる製品ではないため、いかに医師と患者が使いやすいデザインができるか、という点をベースにデザインする点。患者はまだわかるが、医者になることはできないので、それを医療現場を再現したり、忙しい医師にヒアリングの機会を設けたりしてそれをヒントにデザインを向上させる。また、医療業界特有のさまざまな制約条件があり、それをクリアしないと発売できないため、デザイナーが望んだ形状に全くならないことが多々ある。それをクリアしつついかに使いやすいデザインに近付けるかが重要。一つ一つの製品サイクルが長いことも特徴。
某医療機器企業のデザイン部長に聞いたところによれば、同社では何人か家電業界から転職者を受け入れたが、ベテランクラスになると全く常識が通じないので戸惑ってしまい、結局短期間で転職してしまったとのこと。それほど業界での違いは大きいとのことだった。
生活用品
商品企画を半ば兼ねていることが多く、企画力、コスト意識が大変重要。材料、樹脂に対する知識や成型に関する知識も他業界よりも強く求められる。可動する製品も扱っている会社であれば、ギミック(部品の動きをどうやって実現するか)に対する知識も重要。また、一人当たりが扱う製品数が多く、ある生活用品メーカーの転職希望者のポートフォリオには、数百におよぶ製品化実績が掲載されていた。その方はいかに整理して掲載するかに苦労していた。
家電と同様、デザイナーが3Dまで作りこむ企業もあれば、Illustrator二面図やイメージ画だけで十分な企業もある。布製品も扱っている企業は二面図のみの企業が多い。
玩具/文具
生活用品に近いが、さらに商品企画力、ギミック提案力、コスト意識が求められる。また、入社後に製品安全の基準をきっちりと教え込まれる。玩具と文具は企画部分や大きく異なるが、スキル的には近いものがある。なお、玩具というとネフのようなおしゃれな玩具を夢見ていたのに、実際に入ってみると機関車トーマスやアンパンマン、ミッキーを商品につけただけで大ヒットしてしまうことにショックを受ける方も多い。
腕時計
流れ自体は家電製品に近いが、細かい製品のデザイン経験が求められる。また、3D-CADでの立体デザイン能力に加え、ファッション的なセンスが重要で、男性向け、女性向けのデザインを描き分ける能力が求められる。また、非常に細かいデザインの為、寸法を10倍にしてデザインする企業もある。
100年以上前から基本形状は変わっていないが、常に新鮮なデザインを求められる難しさがある。
デザイン事務所
デザイン事務所は、手掛ける商品によって上記のそれぞれの能力が求められる。多くのデザイン事務所がメインとしている分野があるため、基本的にはそこに合う方。しかし、「実は今医療機器のデザイン依頼が入ってきていて、今後増えそうなので医療機器分野の経験はプラスになる」というようにメインとなっていない分野でも採用になる可能性がある。また基本的に3D必須。
以上、あくまで一例ですが、このように千差万別です。また、もっと大きな枠で「大きな製品の経験」「小さな製品の経験」というのも全く異なるため、ある手のひらサイズの製品のメーカーの採用試験では、自動車のような大きな製品デザイン経験のみだった方がその理由で落とされたことがありました。
異なる業界に転職するために一つアドバイスです。
多くの方はポートフォリオに自分が手掛けた商品の最終形状を載せてくるのですが、最終形状の見方は上記のように業界によって異なります。
従って、そこに至るプロセスまでをポートフォリオに載せることが非常に重要です。最終形だけでは担当者が判断できません。プロセスまで掲載してもらえれば、自社の業界での内容に変換して判断することができます。手描きスケッチはもちろんのこと、途中での発泡モックや部分的な検討、さらには他部署との意見の衝突をこのように回避した、等のエピソードを載せても効果があります。
若い方は、学生時代のポートフォリオを別添資料として合わせて出すことをお勧めします。わざわざポートフォリオに組み込まなくても、別冊で十分です。現在の仕事と違う側面が見せられるので、プラス効果があります。
第3回目「手描きスケッチのコツ、業界による必須スキル」は、以上です。
また、以下の「番外編」では、かなり以前に掲載した内容から、今でも通用する事項をまとめて掲載しております。
ご参考まで、お時間ありましたらご覧ください。
「職務経歴書・ポートフォリオ作成のコツ(番外編)」
弊社では、転職をお考えのデザイナー様を対象に、個別の転職相談を行っております。
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