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コンサルタント日記 アーカイブ

2012年02月01日

卒業制作最終審査

年も明け早くも1ヶ月が過ぎました。

卒業シーズンを迎えた、先日の金曜日、土曜日と続けて二つのデザイン系
学校の卒業制作の審査に立会う機会をえました。

金曜日の学校はデジタル系の学校ですが発表の内容はデザインはもちろん
ファッション、空間、製品、キャラクター、映像、アニメ、グラフィック、絵本、
はてはライトノベルと多岐にわたり、ご担当の先生も大変なご苦労だと人ごとの
ように関心とねぎらいの言葉をかけたくなりなりました。

発表した学生は総勢32人、内6人がアジアからの留学生です。

作品内容は「喜怒哀楽」や「思い出」「自然との関わり」など五感や感情を作品に
表現したもの。
また手描きの漫画やあえてアナログ媒体にした小説や絵本。
留学生も自分の国を再認識し、又それを伝えようという作品が目につきました。

もう一つの学校は私が非常勤を努める学校です。
プロダクト及びインダストリアルデザインの学生達で、発表した学生は24人、
内5名がアジアからの留学生です。
こちらの作品内容はご時世か、環境やエコ、高齢者や福祉関連の作品が多く
見られました。

この二つの学校だけに限りませんが昨年までの作品の傾向として「個」としての
デザイン、つまり自分が欲しい、自分が作りたい、自分が表現したいという作品が
多く見受けられました。

我々プロの中にも最近はアート寄りな製品や活動が多く見受けられますが
今年の学生達の作品を見る限りそれが少し変わり社会性のある作品が
増えてきている様に思いました。

どの作品も甲乙付けがたいものばかりですが只、アナログな内容の作品も
パソコンによるプレゼンが当たり前となった今、「こ綺麗」なプレゼンですべてが
アナログで作っていた頃のおじさんデザイナーには少し・・・ほんの少しだけ
欲求不満になりました。

しかしながら、デザイナーになろう、なりたい、デザインで社会を良くしたい
という意識には高いものを感じ、私も30数年前を思い出し、気持ちを新たに
した2日間でした。

すばらしい作品を見て頂きたかったのですが著作権保護の為、写真は
掲載できません。

それぞれの学校の卒業制作展をご覧頂き気持ち新たにデザインで日本を
活気あるものにしましょう。

(井上 和世)


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2012年01月18日

柳宗理さん死去

日本の工業デザインの草分けで、日本民芸館名誉館長の柳宗理さんが、
昨年12月25日、肺炎のため亡くなられた。96歳。

柳さんは、私たちの母校の特別客員教授を半世紀以上続けていた。
生前、その理由を問われ、
「金沢は好きだから。美大の先生もよかったし、学生も素直でよかった」
と語っていらしたと、先輩から聞いた。

私も不肖の弟子の一人として何が出来るのか、
とりあえず、昨夜、仲間内で柳先生を偲ぶ会を催し、
師から教わったエピソードなど語り合った。

50年前の工業デザインの草分けの授業は、
モデルづくり、粘土の捏ね方から、立体の石膏の削りだしなど、
手作業からデザイン教育がスタートした。
ある仲間は、電化製品や自動車のスタイリングのみの、
使い捨て産業に加担することはないと教えられたとか。

師は、ナイフ、フォークから道路、橋まで幅広い仕事に携わり、
シンプルで丸みのある、素朴な民芸の精神を生かした作品で、
日常の美を追求し続けた。
その生き様は、一世紀にわたり、びくともしない精神で貫かれ、
見事なデザインライフだったというのは、不肖の弟子たちの弁。

弟子の一人は、末筆になりますがと前置きしながら、
「いつお会いしても、常に暖かく、穏やかで、さわやかな微笑の先生であった」
と追悼の言葉を書いてきてくれた。

私は、2002年文化功労者のお祝いの会でお会いしたのが最後だった。
なんとも悔やまれる。

(喜多 謙一)


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2012年01月11日

デザインコンサルのつぶやき(2011年12月)

ビートップツーの木全です。
昨年11月から平日毎日一言ずつ、ツイッターでつぶやいています。
今回は、12月のつぶやきをまとめてお知らせします。
よろしければ、フォローしてやってください。
http://twitter.com/#!/kimatan0313
表記をツイッターとは変えて、上から日付順にしています。


12月1日(木)
来年の手帳を買いました。
期待を込めて予定がいっぱい書き込める大きめのものにしてみました。(笑)

12月5日(月)
渋谷のデザイン学校でも新横浜の学校でも、
コンセプトのプレゼンが終わり、
具体的な色形を作る段階になると皆、手が止まる。
それは学生だからではなく、商品開発の正しいステップ。
この産みの苦しみを楽しめる能力がクリエイティブなんだろうなあ。
事件は現場で起きている。

12月6日(火)
今日は、午前中東戸塚で横浜市デザイン相談アドバイザー。
午後は宇都宮でデザインセミナー講師です。
現在、東戸塚から宇都宮に向け北上中。関東平野縦断だぁ?

12月8日(木)
昨日は東京都の製品開発道場の最終プレゼンと打ち上げ&忘年会。
今年のプレゼンはレベルが高かった。
昨年までは企業サポートのアルバイトをデザイン学生にお願いしていたが、
今年は卒業生に依頼した。やはり経験の差は大きいんだと実感。
今年参加の桑沢卒業生の皆さん、お疲れ様&ありがとう。

12月8日(木)
今日の桑沢の授業では、製品の「きれいさ」と「美しさ」について
学生達と考えました。「きれいさ」は使いやすくシンプルに整理され
生活感があるけどツヤツヤして少し冷たい感じ。
「美しさ」は生活感よりも歴史や物語性があり艶っぽい暖かい感じ。
なるほどです。

12月9日(金)
これから墨田区産業振興会議に出席。
墨田区の10年後の産業振興のマスタープランを考える会議。
問題は数値目標ではなくてビジョンなんだよね。
それが見えないからみんな困っている。
評論家みたいな意見で良くないなあ、我ながら。(笑)

12月9日(金)
墨田区産業振興会議で墨田区のモノづくりについて議論をした。
その中で、デザイン学生達との授業を思い出し、
美しい製品とは暖かさを感じるモノだ
と考えている若者達がいると言う話をしました。
その場の共感を得られたような気がします。
暖かい産業振興施策ってなんだろう。考える価値はありそうです。

12月10日(土)
おはようございます。これからモーターショーを覗いてきます。

12月13日(火)
中央線なう。今日もいい天気です。これから立川で打合せ。
電車の中でモーターショーの備忘録でも。

12月13日(火)
モーターショーの備忘録(1)
産業のリソースが人モノ金情報で、
それらをどこへでも安全に高速移動させることが産業のインフラ。
だとすれば、陸上を高速自立走行できる車は絶対なくならない。
そういう自信というか、使命感みたいなものを、
モーターショーに感じなかったなあ。

12月13日(火)
モーターショーの備忘録(2)
駆動系はほとんどFF。ごくたまにFR。
いつからエンジンはフロントに決まってしまったのかしら?
新しいパッケージ提案も見当たらず。
セダンとSUVとワンボックス以外ないのかなあ。1人乗りもなあ。

12月13日(火)
モーターショーの備忘録(3)
印象に残ったのは、青いジャガーとセキスイハウスのソーラー面格子。
昔の車はカッコよかったなあ。
EVの提案をするなら、ソーラー面格子くらいのギミックが欲しかった。
以上、モーターショー備忘録でした。

12月13日(火)
モーターショーの備忘録(おまけ)
同行の嫁さんが言うには、アウディのコンパニオンが一番綺麗だったそうです。
やっぱりアウディか!

12月14日(水)
今日、午前中は寺院仏壇(?)の設計施工コーディネートの専門商社さんにご挨拶。
午後は幼児向け教育玩具開発のモニター会で子供達に会います。
順番は逆ですが、ゆりかごから墓場までの1日です。(笑)

12月15日(木)
今日の桑沢の授業では、製品の「かわいさ」「かっこよさ」について考えました。
「かわいい」は女性的で身近で触りたくなる。
「かっこいい」は男性的で身近ではなく、硬質な感じ。
「かわいい」に比べ「かっこいい」のイメージはバラバラ。
どちらも擬人化するとイメージを共有しやすくなるようです。

12月16日(金)
中央線なう。これから立川。
昨日久しぶりにコンビニで雑誌の立ち読みをしたら、
開けないようテープで留めてあった。
紐で縛るよりは見た目スッキリ。
でも、弱粘テープで紙に負担掛けないとしても、紙にテープは抵抗あるなぁ。
雑誌全体袋綴じのほうが手間もないし、見た目もいいような。

12月21日(水)
大手メーカーのデザイン部門の位置付けや機能について少し調べています。
以前と較べ効率化やルーチンワーク化が進んで
デザイン部門の位置付けが低下しているようです。
中小企業がデザインで躍進できる市場になりつつあるようです。

12月21日(水)
ブログ更新しました。今年最後の更新です。
今回は「産学共同授業について<その7> 製品開発システムと日程管理」
産学共同と言いながら、一般的な商品開発の手法をお伝えしています。
http://goo.gl/VvOXZ

12月22日(木)
京浜東北線なう。
午前中はデザイン学校の講師、午後は横浜市デザイン相談のアドバイザー。
年内の外出の仕事は終了しました。今年お会いした皆様に感謝です。

12月23日(金)<リツイート>
「Macはデザイナーたちを巻き込み、iTunesとiPodはミュージシャンたちを巻き込み、
iOSはプログラマーたちを巻き込んで、創造的な文化圏を形成した。
いつもクリエーターを仲間に引き込むことができるのは、
そのデザインが創造のお手本でもあるからだと思う」山中俊治氏

12月26日(月)<リツイート>
柳宗理さん死去の報を受けて
「柳宗里さんは、開発過程にえらく時間をかける人としてよく知られている。
計画と製作と使用が混在するなかで、徐々に形が決まってゆくプロセスには
時間が必要なのだ。情報技術の進歩によってデザインの単価低落が
顕著な今日において、再び問い直されるべき問題だろうと思う。」佐藤竜平氏

12月27日(火)
昨日今日と終日事務所で作業。平日に外出がないと仕事していないような、
緊張感がないような、不思議な感じ。会社員の頃は外出のほうが面倒だったのに。
我ながら面白いです。

12月28日(水)
明日も仕事がありますが、一応今日で今年の仕事納め。
締めくくりの言葉を考えたのですが、何も思い浮かばず。
やはり、これしかないか。
「月影の いたらぬ里は なけれども ながむる人の 心にぞすむ」
皆で祈りましょう。
べての人にとって来年が穏やかなよい年でありますように!合掌

12月29日(木)
築地市場なう。家族サービスで寿司を食べに来ました。
寿司屋の前で一時間並んでいます。あと一時間くらいかかりそう。
今は陽にあたっているからさして寒くないけど、
もうすぐ陽があたらなくなりそうです。
サービスとは我慢だと見つけたり。(笑)

<おしまい>

(木全 賢)

2011年12月28日

年賀郵便

岡本綺堂が、『年賀郵便』で書いている。

江戸時代のことは、敬老の話に聴くだけであるが、
自分の眼で視た明治の東京---その新年の賑わいを
今から振返ってみると、文字通りに隔世の感がある。
三ヶ日は勿論であるが、七草を過ぎ、十日を過ぎる頃までの東京は、
回礼者の往来で実に賑かなものだった。
明治の中頃までは、 年賀郵便を発送するものもなかった。
・・・郵便で回礼の義理を済ませるということはなかった。
まして市内に住んでいる人々に対して、
郵便で年頭の礼を述べるなどは、あるまじき事になっていたのである・・・
日清戦争は明治27年、8年であるが、28年の正月は
戦時という遠慮から、回礼を年賀ハガキに換える者があった。
それらが例になって年賀ハガキがだんだん行われてきた。
明治33年10月から私製絵はがきが許されて、
年賀郵便の流行を助けることになって、
年賀を郵便に換えるのを怪まなくなった。・・・

彼は、結びに、忙しい世の中に多大の便利をあたえるのは、年賀郵便である。
それと同時に、人生に一種の寂寥を感ぜしむるのも、年賀郵便であろう、と。

年賀郵便をメールを置き換えても変らない。
時には、明治の敬老の話に耳をかたむけたい。
良いお年を。

(喜多謙一)


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2011年12月19日

オートメカニカ

年に一度の自動車部品の国際展示会、上海オートメカニカに参加した。

日本の部品メーカーは、ジャパンパビリオンに集まり、
中国に事務所を持つメーカーは、独自のブースをデザインして集客をしている。

日本の製品の評判は、細かいところまで良く注意が施されていて、
丁寧に仕上がっている、ばらつきが少ないなどである。
国を代表するジャパンパビリオンブースにも、そんな特徴が良く表れていた。

良くない評判と言えば、現地の視点になりきれず、
加えて、ローカルとのコミュニケーションの不足などがある。
さらに、ドイツやイタリアなどの欧米の展示と比べると、
どこか個性的な魅力に欠ける展示のような気がする。

いずれにせよ、上海の展示会では、溢れる活気とともに、
そんな欠点を乗り越えて行こうとする前向きな人達に接する事が出来る。
海を越えて外側から市場や自社製品を見ると、閉塞感を打ち破る
はっきりとした目標が見えてくるのだろうか。

(N. Koyanagi in 上海)


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2011年12月15日

デザインコンサルのつぶやき(2011年11月)

ビートップツーの木全です。
11月から平日毎日一言ずつ、ツイッターでつぶやく事にしました。
今回は、11月のつぶやきをまとめてお知らせすることにしました。
よろしければ、フォローしてやってください。
http://twitter.com/#!/kimatan0313
表記をツイッターとは変えて、上から日付順にしています。

11月1日
五年間活躍してくれたXPノートパソコンがかなりくたびれてきて、
ついに7に買い替えました。驚くほど速いのだけど、まだデータを
入れていないので、携帯して使えない。
クラウドって、こういうとき便利なんだよなぁ。
それにしても五年間全く故障せず頑張ってくれたパソコンに感謝!

11月2日
今日午前中は、東京理科大専門職大学院イノベーション研究科
技術経営専攻で、デザインセミナーしてきました。
ここは真面目そうな男子学生ばかり。
デザイン学校は女子ばかりだけど、男子はこういうところにいたんだ。

11月3日
今日は盛り沢山。午前中、東京理科大大学院で特別講師。
午後は製品開発道場で中小企業15社のプレゼンの講評をして、
夜は嫁さんと三谷幸喜の「すてきな金縛り」鑑賞。
お芝居みたいな映画でその非日常感覚が心地よい。
そういえば学校も商品開発もそういうところがあるかも。
いい1日でした。

11月4日
今日の午後は横浜市デザイン相談で、横浜に行ってきました。
相談のお話を伺っているうちにデザイン相談なのか、
人生相談なのか、わからなくなって来ることがたまにありますが、
今回もそんな感じでした。人生いろいろです。

11月5日
戴いた専門誌を何気なく読んでいたら、来週の打合せに
ぴったりの内容を見つけてビックリ。
こういうのをセレンディピティというのか。
探してないから、シンクロニシティかな。
なんにしろ、人に会うといいことがある。

11月5日
肌身で感じてます。学校でも意欲があるのは留学生
@34418ta 企業OB技術者の海外流出は最近よく聞く話だが、
今日聞いた情報。日本の現場では現役世代の意欲が落ちて
指導しても全く効果がでないんだそうだ。
海外での指導のほうが直に反応があるのでやりがいがあるんだって。

11月6日
ブログと連携はじめました。 http://blog.goo.ne.jp/designsoudan/

11月8日
ブログ更新しました。 産学共同授業について<その5>
企業からのオリエンテーションで、「本気で授業に取組んでいる」
という企業の本気の姿勢を表すことが、学生達のやる気を高めていきます。
そのオリエンテーションの内容は http://goo.gl/r591C

11月8日
横浜ユーザビリティ研究会に参加中。
TOTOの事例や自治体サイトの事例発表など。
研究発表のユーザビリティとかどうなのかな?

11月9日
桑沢デザイン研究所の産学共同授業終了。
来週の企業向け中間プレゼンに向けて、学生達と個別にブレスト会議。
三時間しゃべり詰め。アイデア1000本ノック状態。
楽しいけど、頭と顎が疲れました。

11月14日
平日は毎日一言つぶやくようにしようとしているのですが、
バタバタしてると気の効いたつぶやきが思い浮かばない。
えーっと、今日の晩ご飯はロールキャベツです。

11月15日
ブログ更新しました。書評「スケッチは3分」(山田雅夫著)
スケッチは商品開発会議など、濃密なコミュニケーションが必要な現場で、
もっとも役に立つ手法です。使わないのは、とてももったいないことです。 
http://goo.gl/LGj53

11月15日
今週木曜18時から「第92回かわさきデザインフォーラム」が開催されます。
講師はデザイナーの金山元太氏です。交流会もあります。http://goo.gl/I6u32
このフォーラムは弊社ビートップツーが長年にわたり
川崎市より受託運営しているフォーラムです。当日参加OK。

11月21日
新横浜に移動中。今日の京浜東北線は大変。蒲田横浜間で信号不良、
踏切内自動車立ち往生、線路内人の立ち入り、緊急停止による車両故障。
人と機械の整備不良。みんな疲労が溜まっているのね。午後の授業は遅刻かな。

11月21日
お昼は事故三連発で京浜東北線が遅れて、授業に遅刻。
今は帰宅途中に山手線人身事故で大混雑。
帰宅するまでもう事故がないといいなぁ。帰宅難民じゃないからいいか。
九時前に帰宅できているし。

11月22日
ブログ更新。今回は11月17日に開催された
第92回かわさきデザインフォーラムの報告。
講師はゲンタデザインの金山元太氏。
このフォーラムは弊社ビートップツーが川崎市より受託し
平成4年から運営する由緒あるデザインフォーラムです。(笑)
http://goo.gl/KRF7P

11月23日
いい夫婦の日の翌日ですが、嫁さんと上海蟹食べました。
数年前に本場上海で食べたのよりうまかったような。手が生臭い(笑)

11月26日
秋葉原なう。フォトラの実演展示会に来ています。
50名近くの方たちが熱心に聞いてくれています。立ち見の方も多くいます。
開発に係わったデザイナーとしては嬉しいです。

11月28日
新幹線なう。午前中都内で1.5時間、午後は新横浜で3時間、
あわせて4.5時間デザイン学校で講義して、
明日の名古屋での企業内セミナーのために、新幹線に飛び乗り移動中。
新幹線の中で明日のセミナーの内容最終確認。
おまけにグリーン車。一生のうちには一度くらいそういうこともあるか。(笑)

11月26日 <リツイート>
「インダストリアル・デザイナーになりたいわけですよ。
仕事としてはとても楽しいものだと思う。
時計とか食器とか、アンプの外側をデザインするとか。
でも器用じゃないでしょう。とても起用で、絵を描くのがうまかったりしたら、
自然にそっちの方へ行っていたかもしれない。」谷川俊太郎

11月29日
新幹線なう。名古屋でのセミナーと打合せを終えて、東京に帰宅中。
帰りもグリーン車。疲れていると、グリーン車の快適さが身に染みます。
ふぅ。

<おしまい>

(木全 賢)


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2011年12月12日

中国華南の風景二題!

私は、国内外を問わず、出張や旅行に行った際には
必ず地元のスーパーやコンビニ、露店を覗いてみます。

今回は2つのお話を・・・

一つ目は、先日、中国のスーパーを覗いた時の話です。
日本に戻った時に使う調味料等を買おうと、
ウォルマートに行きました。
スーパーといえども、1階は時計や貴金属、
ブランドものの服等の売り場です。

それらを横目で見ながら、スロープ式のエスカレータで
2階の食料品売り場に。そこでいくつかの食品や調味料を買い込み、
3階の家電や日用雑貨の売り場に移動。

ウォルマートという事もありますが、
食料品売り場も、日用雑貨売り場も、余裕のあるレイアウトで
商品は山積みで、明るい照明に照らされ、
節電だ省エネだと言っているどこかの国とは大違いで、羨ましい限りです。
書籍売り場では皆、立ち読みというより
通路に座り込み熟読、図書館の如きです。

その様な光景に驚きつつ、家電売り場に行き、さらに驚く事が・・・

何と、小さいとはいえ、立派な3合炊きの炊飯器が、
48元(12円換算で約600円)で売られていました。
台湾系のメーカーですが、もちろん中国生産の製品です。

余りの驚きに、この事については多くを語りたくありませんが、
「ものづくり」の片隅にいる人間としては、
とても複雑な思いで売り場を後にしました。


二つ目は、郊外に脚をのばした際の光景です。
宿泊先のホテル横の道路に、毎朝露店が出ます。
古き良き時代の中国の風景です。

私は、蒸しパンや果物をかじりながらそれらを見るのも好きです。
昔から「中国人は椅子以外の四つ足、
飛行機以外の飛ぶものは何でも食べる」と言われるくらいですが
本当に何でも売っています。

肉、魚、野菜、果物はもちろんですが、蛙、ガチョウ、カメ等々
テレビのバラエティ番組やクイズ番組が
何本も出来るくらい話題に事欠かない場所です。

行き交う人々のファッションも様々で、
上海万博でも話題になったパジャマ姿から、
ブランドに身を包んだ女性、天秤棒を担いだ農家のおばあさん、
そして荷車を押すおじさん。

今は、その横をごらんのようなポルシェやメルセデスが
大名行列の様に通って行きます。
これも今の中国というお話です。

(井上和世)


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2011年11月29日

ノベルティのデザイン

先日、中国・シンセンで行われた電子部品等の展示会で、
ノベルティとして来場者に配られたという
LED懐中電灯付きボールペンを頂いた。

同じ人が何度も来場しては、このボールペンを受け取るなど、
大好評だったそうで、5日間で8,000個配ったそうだ。

早速、暗い中で使ってみたのだが、最初はスイッチの位置がわからず、
ようやく探し当てたスイッチは小さく、使い辛かった。
ユニバーサルデザインの考慮は、いまひとつ欠けているように思った。

そんな折、ノベルティ専門の女性デザイナーに会ったので、
ユニバーサルデザインついて聞いてみた。
タダで配るものだと、コストが安く、アイデアグッズでなければならず、
デザイナーはユニバーサルデザインまで考えない、とあっさりした解答。

なるほどと納得したが、それでもデザイナーはひと工夫し、
魅力的なノベルティでPRして、より上の商品を買ってもらえるよう
仕掛けるべきではないのか。

言い換えれば、8,000個の餌で魚が何匹釣れるのかを真剣に考えないと、
デザイナーも生き残れない時代になると、私は危惧している。

(喜多謙一)


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2011年11月15日

書評「デザインの骨格」 (山中俊治著)

ビートップツーの取締役、木全(きまた)です。
木全は主に国内のデザインコンサルタントを担当しております。
これからたまに、デザイン書籍の紹介をしようと思います。

今回は、日経デザインの太田憲一郎さんから献本いただいた
「デザインの骨格」(山中俊治著)の書評です。

基本的には、いままで読んできたデザイン関連書籍の
書評をするつもりですが、献本していただければ、
書評を書かせていただきます。献本お待ちいたします(笑)。

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■「デザインの骨格」は品がいい

著名な工業デザイナーである山中俊治氏の著書
「デザインの骨格」は分厚い本である。
最初、献本していただいた本の厚さを見て、
読むのがしんどそうだと思ったのだが、
読み始めたらあっという間に読了していた。

読みやすかったのは、もともと、山中俊治氏のブログである
「山中俊治『デザインの骨格』」でのエッセイを
書籍にしたということもあるし、
項目ごとに掲載されている写真やスケッチが
きれいだということもある。

でも、それよりもこの本を読みやすくしているのは、
全体を通して感じられる「品のよさ」ではないかと思う。

デザイナーが書く本は、どうも説教臭い。
自分も含め、デザイナーの本は
「まだまだ日本でデザインをわかっている人が少ないから、
デザインの啓蒙をしなければならない」
という使命感に駆られて書いている場合が多い。
それはそれで、重要なことだと思うが、
それはある意味押し付けがましい。

そのような押し付けがましさが、
「デザインの骨格」にはほとんど見当たらない。
山中氏のこういう姿勢を「品がよい」というのだと思う。
だから、スラスラ読める。

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■稀有な人材

でも、デザイナーとして、言うべきことはしっかり盛り込まれている。

科学は世界を単純化して考える
なぜ上空から降ってくる雨が痛くないのか?
ポテンシャルエネルギー
フェルミ推定
インボリュートギア

など、工学の言葉を使い、
冷静な視線で世界を見る技術の重要性を伝えつつ、
しかし、頭でっかちになりすぎると、
「四本足のニワトリ」を描いてしまう現実を戒めている。

つまり、バランス感覚がいいのだろう。
品よく、嫌味なく、主張すべきことを伝えている。

そのバランスのよさは、山中氏の出自に関係がある。
山中氏は大学で工学を学びつつ、漫画家を目指して
スポ根マンガばかり描いていたそうだ。
彼のバランス感覚は、工学系の左脳的な感性と
スポ根マンガの右脳的な感性の
バランスよさから来ているのかも知れない。

そのようなバランスのよさは、たぶん、誰でもできることではない。

本書の中で、山中氏が目指していたマンガが、
大友克洋や士郎正宗ではないかと指摘される話が出てくるが、
たぶんその直感は間違っていない。

大友克洋や士郎正宗が、
漫画の世界の中でも稀有な存在であるのと同じく、
山中氏も稀有なデザイナーなのだろう。
(そういえば、士郎正宗もキャプション好きだし。)

これから、山中氏のような「品のよさ」と「バランス感覚」は
益々重要になってくるはずだ。

(木全賢)


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2011年11月08日

中国華南レポート(1) ~中国式披露宴~

10月のブログでのお約束通り、今月は結婚式のレポートです。

披露宴開始時間は夕方5時、
日本人の習性?で会場には15分前に到着。
受付の人はいるものの、会場には、新郎新婦の身内と
日本人が4~5人ロビーにいる程度。
5分程して新郎新婦が到着。

皆、慌てる様子もなく、写真を撮ったり挨拶したり・・・
ホテルの係や披露宴担当の友人だけがせわしなく動くが、
まるで小中学生の集まりのように、バラバラで収拾が付かない状態。

何とか出席者が座り、それらしい雰囲気になったのは、
開始予定時間の2~30分後でした。
主役の二人は朝鮮族出身のため、
親戚筋はチマチョゴリを着込み、とても華やかです。

そのため司会者も中国語、韓国語、日本語と
3カ国語を巧みに操り司会進行。
来賓の挨拶、ケーキカット、内容は日本の結婚式と大差なく、
ケーキカット等は、皆前に出て写真撮影はするが、
来賓の挨拶等は聞く耳持たずで、
各テーブルで話に花を咲かせる状態。

司会者は司会者でマイクを離さず、中国、韓国、
はたまた、日本の演歌を歌いまくりのワンマンショーでした。
今回で、中国の結婚式に参加するのも3回目となりますが、
日本の結婚式や披露宴に比べ、
かなりくだけた感じの披露宴で驚かされます。

時間にはルーズですし、主役と親族は正装ですが
出席者はほとんどが普段着で、
工場関係は作業着で出席する事もあたりまえです。
いうなれば、新郎新婦を肴に宴会をする感じです。

この様な中国式披露宴ですが、二人の幸せそうな笑顔は
どこの国でも変わりなく、この二人の未来を祝わずにはいられません。

(井上和世)


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2011年11月02日

技術とアートの融合

「技術とアート(芸術性)の両面で
 優れた製品づくりができる会社を目指していた。
 イノベーション(技術革新)と想像力を育てようと、
 不可能を可能にした社員を高く評価した。
 利益を生むことを目標とするほかの企業とは大きく異なる。
 自分の死後どころか、100年後も存在する企業に思っていた」

先日死去した、米アップル共同創業者のスティーブ・ジョブズ氏の
唯一の公認伝記に書かれている言葉だ。

また、後継者には、「最高の技術と最高のデザインをつなげることに
自分と同じように情熱を傾けていたクック氏が適任と判断した」とある。
最高の技術と最高のデザイン、「技術とアートの融合」、
さすがに一世を風靡したジョブズ氏の言葉は、
我々デザインにかかわる者としては、重く、嬉しい言葉だ。

昨年の暮れから、毎日2時間ばかり、通勤電車の中で
iPadで、版権の切れた文学作品を読んでいる。
これまでで、100冊ほど読んだだろうか。
しかし、音楽、映像、アートまでは、まだ手が伸ばせていない。
今のところ越年して、ジョブズ氏の目指したものを見つけることになりそうだ。

こうして毎日、iPadに接しているから、ジョブズ氏への親近感は倍増、
いつのまにかファンになっていたようだ。

(喜多謙一)


私の絵手紙をご紹介。

「久しぶりの絵手紙、金目鯛の傑作!美味しそう…
 赤の色が鮮やかで、鱗の光具合がみごとです」
とは、先輩である画家から頂いた言葉。
いくつになっても、褒められると嬉しいものだ。


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2011年10月25日

コーポレートカラーの呪縛

空間設計の業務のひとつに、展示会ブースデザインがある。
経済発展の著しい市場を求めて
日系企業が販路開拓に臨む中国の展示会では、
年々日本からの参加企業が増加している。

短期勝負の展示会ブース設計で肝要な事は、
お客様の目に止まり、より多くの企業情報を
短時間に発信できる事。
勿論、高品質、センスも多いに問われる所である。

先月、上海の金属機械関係の展示会で日系ブースを訪れたが、
工業系のコーポレートカラーは、殆どが青色系。
主催のメインカラーが青の為、青を基調としたブースは
どちらかというと大海の中の魚のように目立たない印象になる。

日本からはるばる訪れたコーポレート戦士たちに話を聞くと、
“我が社のコーポレートカラーだから”の一点張り。
一般的に、赤や黄色を好む中国市場のテイストもふまえて考えると
かけられた呪縛から逃れられない発想の限界を感じざるを得ない。

中国に進出して10年の、あるイノベーティブな総経理は、
数年前、オレンジ色のブースカラーを断行した。
以来、中国でのコーポレートカラーはこの色になり、
一瞬の集客が勝負の展示会で、積極的な戦略を打ち出し続けている。

柔軟性とこだわりのバランスが不可欠である時代の変革期、
戦士たちの中から、環境を読み取り、思い切った一歩を踏み出す
心意気を期待するのは私だけであろうか。

写真は、スニーカーを履いた?ちょっと偽物っぽい
サックスの演奏者を招いたブース。
写真は本文とは関係ありません。

(N. Koyanagi in 上海)

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2011年10月18日

JIDA三条工業会プレゼン報告

ビートップツーの取締役の木全(きまた)と申します。

いままで、弊社社長の喜多がこのブログを更新してきましたが、
10月から喜多に加え、井上、小柳、木全も書かせていただくこととしました。
どうぞ、よろしくお願い致します。

木全は主に国内のデザインコンサルタントを担当しております。
そんな日々の活動の中で気がついたことを
このブログで紹介していけたらと思います。

JIDA(日本インダストリアルデザイナー協会)
デザインビジネス委員会に誘われて、9月30日に行われた
新潟県三条市でのJIDAのプレゼンテーションに参加してきましたので、
今回はその顛末をご紹介します。

東京は晴天でしたが、9月30日(金)11時12分の上越新幹線に乗り、
越後湯沢のトンネルを越えると、そこは雨でした。
分水嶺を越え、川の流れる方向が違うのを確認しているうちに、
燕三条の駅に着きました。

小雨の中、株式会社相田合同工場社長の相田聡社長と合流し、
「鍛冶道場」と「相田合同工場」を見学させていただき、
プレゼンテーション会場の三条ロイヤルホテルに
チェックインしたのは16時でした。

「鍛冶道場」
http://www.ginzado.ne.jp/~avec/kajidojyo/index.html
「相田合同工場」
http://www.kuwaya.com/index.html

「鍛冶道場」では、和釘作りを体験させていただきました。
20年に一度行われる伊勢神宮式年遷宮。
2012年の遷宮で使われる和釘は、すべて三条市のものだそうです。

「相田合同工場」は、鍬や鋤などの農機具を製造販売されています。
工場は鍛冶屋さんのイメージ通りで暗くて暑いけれど、
郷愁を誘うものがありました。
工場だけでなく、フリクションプレス(!)を自在に操り、
軟鉄の厚板を鍬の形に整えていく75歳の先代社長と
証券会社に勤めていた跡継ぎという親子関係も含めて、
中小企業の典型を見させていただきました。

会場の三条ロイヤルホテルは、三条市のメインストリートにあり、
16時にチェックインして、会場設営を済ませ、
18時の集合時間まで少し時間があったので、街をすこしだけ散策しました。

昔ながらの町屋造りの商店街はシャッター商店街で、
ほとんど人通りもありませんでしたが、一本奥の筋に入ると
そこは昭和のネオン街。繁栄の名残を残していました。

18時半からのセミナーは、「デザイナー活用法セミナー」と銘打ち、
地場の中小企業とデザイナーのマッチングを目的に、
8名のデザイナーが各自10分程度の自己紹介をするという内容でした。
三条工業会17社19名、三条市商工課、三条商工会議所、
デザイナーの総勢30名を超える出席者があり、会場はほぼ満席でした。

質疑応答で、デザインフィーに対する質問があり、
わかりやすい料金体系が求められていることがわかりました。

デザイナーを含め20数名が参加した名刺交換・懇親会も、
にぎやかに進行しました。

何名かの企業の方と話をして、やはり、デザインの必要性を感じていながら、
デザイナーをどう活用すればいいのか、
その費用対効果をどう考えればいいのか、
という部分に不安を抱えているのではないか、
だから、デザイナーと付き合う一歩が踏み出せないのではないか、
そんな印象を持ちました。

デザイナー側からも、もっと歩み寄る姿勢を見せなければならないのだと思います。

このような試みを、盛んに行い、解決策を見つけていくことが
今、求められているのだろうと感じました。

(木全 賢)

2011年10月11日

自己紹介(井上和世)

10月5日のこのブログに、弊社代表が書いておりましたが、
今月より、各担当者がリレー方式でブログを書く事となりました。

私は、今年4月より取締役を任命されました、井上和世です。
名前を見て「おやっ!」と思われた方もいらっしゃると思いますが、
弊社・木全と、『中小企業のデザイン戦略』を共同執筆させて頂きました。

また、「デザイン界の町医者」を名乗り、
「絵に描いたモチを食える餅に、食える餅を売れる餅に…」で有名?な
ネオデザインの代表でもあります。

その本の中でも書いてありますが、ビートップツーにて縁を作って頂き
3年程前より、国内中小企業さんのみならず、中国の広東省を中心とした、
ものづくりのデザイン及びコンサルタントをするようになりました。

この記念すべき私の第一回目のブログは、中国の会社で書いております。
本日は、もやがかかっていますが、晴天でとても気持ちの良い一日です。
亜熱帯と熱帯にまたがるこちら広東省も、
10月に入り、過ごしやすい季節となりました。

今回の出張はもちろん仕事ですが、中国の営業主任の結婚披露宴があり、
それに参加する為でもあります。
詳細は、次回のブログにてご報告出来ればと思っておりますが、
今後も、中国レポートを交えながら、散文を書いていきたいと思っております。
先ずは、第一回目は自己紹介とさせて頂きました。

上の写真は、私がコンサルタントをしている、中国・トンガンの会社です。
小高い丘に、南欧風3階建ての住宅が点在しており、
その中の2棟をオフィスとして使っています。


(井上和世)

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2011年10月05日

筆者紹介

『美しい色のある街』─色を楽しむカラーガイド─ という冊子が、
「公共の色彩を考える会」から発刊された。
40名を超えるボランティア執筆者の中に交じって、
私も、「アジアの街角」と題して一編書いた。

そして「筆者」紹介欄に、(株)ビートップツー代表取締役、
石川県かほく市生まれ、
金沢美術工芸大学産業美術工業デザイン卒業、と記した。

今回から、弊社の当ブログも、この本に習って本名で書くことにした。
弊社のブログをアーカイブで見返してみると、
2002年の1月から、約10年、毎回(K.K.)とサインを入れ、
タイトルも、「コンサルタント日記」「デザインの基礎知識」
「今週のオススメ」「気になるキーワード」「気になるデザイン」
「職務経歴書講座」「転職コラム」と、あれこれと、
飽きもせずに書いてきたものだと我ながら思う。

「気になるキーワード」などは、自分が理解できないときは辞書を引き、
時には、仲間に教えてもらいながら綴ったもので、
川崎市地域雇用創造推進協議会の人材育成事業の一環として、
福祉ものづくり学科「ユニバーサルデザイン」講座で
テキストの一部として役立たせてもらった。役得である。

この写真は、自己紹介のご挨拶がわり。
先日、プロに近い写真好きな友から、
「いい写真ですね、A4ぐらいに引き伸ばして会社に飾っておいたら」
などとおだてられたので、自慢半分で「希望の朝」と題して
今日は、掲載させて頂くことにした。
いくつになっても、友人に褒められると嬉しいものだ。

(喜多謙一)

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2011年09月28日

デザイナーの五感教育(3)

『人間の色覚は、天敵察知のため発達?』
という記事を見つけた。

『京都大学霊長類研究所の正高信男教授は、
 人間がヘビを素早く認識するのは、
 色覚が関係しているとの仮説をまとめ、
 英科学誌「ネイチャー・サイエンティフィック・リポーツ」に発表した。
 色覚は、サルや人間など高等な霊長類にしかなく、
 天敵を察知するために発達したのではとみている。
 人類の進化の過程を探るのに役立つ成果という。
 人間の4-6歳の子ども111人に、画面に表示した8枚の花と
 1枚のヘビの写真を見せ、ヘビの絵を選ぶまでの時間を計った。
 写真がカラーだと、白黒に比べて選ぶ時間が短くなった。
 人間が本能的にヘビを恐れる理由はナゾとされている。
 正高教授は「色覚が重要な役割を果たしているのでないか」と説明する。
 これまで、霊長類の色覚が発達したのは、
 熟した果実を見つけるためと考えられていた。
 霊長類はイヌやネズミに比べて臭覚が衰えており、
 それを補うために色覚が発達したとみられている。』
 (日本経済新聞、9月2日付)

色覚とは、可視光線中の光の波長の差を色の差として区別し、識別する機能。
色調・明度・飽和度で表されると習ったが、まだまだ解明されていない。
霊長類は臭覚が劣り、それを補うために色覚が発達したのだとしたら、
色を扱うデザイナーの役割は、今以上に求められる。
色覚も奥が深いですね。

(K.K.)


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2011年09月20日

デザイナーの五感教育(2) 農耕民族に学ぶ


連休初日、蝉の声と烏の鳴き声で目が覚めた。
最後の力を振り絞って鳴き続ける蝉は、夏の終わりを告げるかのようで
まだ5時だったが、「朝起きは三文の徳」、
そして朝陽と共に起きるのは「農耕民族の原点」と思い、床を出た。

先日の夕刊で、大手工作機メーカー、オークマの花木社長は、
「農耕民族の強み」と題して、下記のように書いていた。

「ものづくり」。よく 日本の工作機械が強い要因を聞かれるが、
私は、「農耕民族」 という表現で説明している。
来るべき収穫に向けて計画的に土を耕し、水を撒き、肥料をやる。
コツコツと皆が協力し合い、実りを祈り、冬を過ごす。
春に花咲き実りを喜ぶ。
まさしく日本の「ものづくり」が、日々丹精、技を磨き、華やぐことなく、
お互いが助け合って仕事をするありさまそのものである。
長年積み上げた熟練の技能・技術、現場と技術者が
立場を超えて協力し合うチームワーク、仕事への責任感・情熱、
これらが日本の工作機械の強みの源泉であると考えている。
(以上、抜粋)

日本の工作機の強みの源泉は、日本の農耕民族の強み。
日本のデザイン界も、原点に返って、農耕民族の強みを発揮して
グローバルに活躍してもらいたいと思った。

(K.K.)


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2011年09月08日

デザイナーの五感教育(1)

昔、夏休みのキャンプなどに行くと、

1)鉈(なた)で薪を割る。
2)火を熾す。
3)焼き芋や料理をする。

などなど、その都度、個人の「技術」が求められた。
鉈で薪を割るにしても、木の節などがあると割れない。
焚火をするにしても、生木は燃えない。
焼き芋も、よく見ていないと炭になってしまう。
常に、失敗から技術を身につけていったように思う。

ところが今夏は、東日本大震災の後だけに、
外遊びがしにくくなったためか、キャンプ場も閑散としていた。

これから、おもちゃの需要がピークとなる年末。
「大人以上に流行に敏感な子ども」を狙って、
各メーカーが力を入れているのが、タッチパネルのおもちゃ。
画面を触ったり、動かしたりして、
知育ゲームが楽しめる玩具も登場しているようだ。

タッチパネル全盛になった今、
玩具デザイナーは、どんなストーリーを考え出すのか。
子どもたちのおもちゃには、室内と、室外・外遊びとのバランスも
ぜひ一考してもらいたい。

(K.K.)

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2011年08月31日

急がば回れ

8月は、12日から16日まで夏休みを取り、金沢に帰省した。
今年も、新幹線や飛行機を使わず、往復とも青春18切符を使い、
行きは米原経由で10時間、帰りは直江津周りで11時間かけ、
鈍行での旅を楽しんだ。

13日には、夏休みの宿題として、以前ブログに書いた
東日本大震災 デザイナーは何が出来るか(3)
「黒四」建設3ルートの一つ、「黒部ルート」(他に大町ルート、立山ルート)を
半世紀ぶりにたずねた。

富山から宇奈月に入り、トロッコ電車で渓谷を縫うようにのぼり、
終点の欅平で2時間ばかり歩き周って考えた。
「黒四」建設は、太平洋戦争で敗北した日本が、
復興に向かって本格的な第一歩を踏み出すための時代の要望であり、
難工事を覚悟のうえで着手した、史上空前の大工事だった。
その大動脈である大町ルートの関電トンネルは、
ミフネと裕次郎の『黒部の太陽』で映画化された。

「黒四」の全工事に参加した労務者は延べ一千万人、
「黒四」建設は、日本人の持つ潜在可能性を開放し、
さらに将来への発展の基礎を作り、指標の役割を果たした。

それは、水資源に恵まれた日本の水力発電の歴史であり、
国産の技術力の高さをしめしていたが、如何せん、水力発電は
発電コストに占める初期の建設費の割合が非常に高い。
時代は高度経済成長期に移り、安全神話をつくりだし、
原発による電力の安定供給時代になっていった。

3.11から得た教訓の一つは、「急がば回れ」ではないが、
急ぐこと、効率ばかりを追求すると、ロクなことがないということだ。
そう反省しながら、鈍行で旅することも一興と思った。

(K.K.)

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2011年08月23日

迫られるグローバル化

ゲーム・アニメ等のキャラクター・コンテンツ業界の友人と久しぶりに会った。
聞けば、今、どこでも企画デザイナーが求められているという。
企画は日本、制作は人件費の安い台湾や中国などに依頼、
今は、それが主流とだという。

そういえば、グラフィックデザイナーの原研哉さんは、
今月号の『図書』で、次のように述べている。

『シンガポールあたりから日本を見ると、新興富裕層の家から
 「冷泉家」を眺めているような気分になる。
 シンガポールという場所は、中東からインド、東南アジア、中国、
 台湾、韓国、日本、そしてオーストラリアまで、クールな態度で
 アジア・環太平洋を見渡すことが出来る、見晴らしのいい場所である。
 だから、金融の中心として発展し、大きな富がここに集中し始めた。
 しかし、歴史は40年。人口の9割は中国人が占めるが、
 公用語は英語、北京語、マレー語、さらにタミル語の4言語をもっている。
 富はあるが伝統文化はこれからだ。
 そういう場所から眺めると、ひとつの国の中で千数百年にわたって
 守られてきた伝統は、独特の輝きを放っているのだ。
 今日、低成長の時代を迎えて、日本はようやく自らの歴史と伝統が、
 世界の文脈で価値を生み出す希有なソフト資源であることに
 気づき始めている。』
 (「北京から眺める」より抜粋)

ゲーム、アニメ、グラフィックデザイン、プロダクトデザイン……
すべてのデザインが、迫られるグローバル化の波の中にあると再認識した。
そして、その波を乗り越えるために、
今、日本のデザイナーの知恵が求められている。

(K.K.)

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2011年08月03日

通過儀礼

朝4時前だったか、小鳥の声が異常に喧しい。地震である。
鳥達にも地震の怖さが分かるのであろう。
地震、津波、さらに各地の水害と、
立て続けに日本列島は災難つづきである。
誰を恨むわけにもいかない。自然というのは、やはり厳しい。

このところ、親類縁者の不幸が続き、
私は田舎に毎月のように行っている。
いつものように、JRの窓口で切符を買おうと、
「越後湯沢経由でお願いします」というと、
その線は不通で、開通の見込みは立っていないという。
新幹線で米原経由なら可能だとのこと。
水害の爪跡が、このように日常生活にも影を落としている。

通過儀礼。
誰もが一度はお世話になるお葬式だが、
その祭壇のデザインもまた、ユニークなものが目に付くようになった。
先日目にした、菊の花にウェーブをかけて並べた装飾などは、
芸術品だと感心した。
菊の花を蕾から開花したものまで何種類も並べて作るわけだから、
髪の毛にパーマをかける、あの技術にも似ていると思った。

現在、デザイナーがこうした装飾のデザインに
どれだけ関与しているかは定かではないが、
退屈させない儀式と併せて、
まだまだこの分野の新しいデザイン開発があっていいと思った。

(K.K.)

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2011年07月27日

昨今のデザイナー転職事情(4)

2月と8月、いわゆる「ニッパチ」は、商売にならないといわれて久しい。
最近は、この言葉もあまり使われないが、まもなく、その「8月」に入る。

昨日、転職を目指して浪人中のAさんから、
「今月は、土日に福祉用具専門相談員の講習に通い、
 講習終了と共に資格を取得したので、
 職務経歴書を書き換えて送りたい」
とのメールがあった。
彼女は、IT企業で揉まれただけあり、資格取得に燃えて、
しっかりと次なる転職の勉強をしているのは、さすがだと思った。

デザイナーの転職活動のお手伝いを20年近く続けていると、
やはり7、8月に努力を積み重ね、勉強した人は、
秋口の転職活動では有利に動けること間違いない。
秋に穂が実るようなものなのだ。
勉強に時間を割くなら、 海にも山にも行けないのは辛いが、
人生、この苦労を乗り越えたところには、光があるはずである。

(K.K.)


昨今のデザイナー転職事情(3)
昨今のデザイナー転職事情(2)
昨今のデザイナー転職事情(1)

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2011年07月22日

ドイツのデザイン力となでしこジャパン

女子サッカー・なでしこジャパンの凱旋に、先日もこのブログで触れた
ドイツ人デザイナーから、惜しみない賛辞が届いた。
諦めない気持ちと驚異の粘りで、世界一になったのだ。

ブログで書いた手前もあり、決勝戦当日は、私も朝3時に起きTV観戦した。
ゲームも気になるが、私は、スタジアムのフェンス広告に、つい目が行く。
スポンサーがどこか、である。
すぐに目に付いたのは、日本ではソニー、米国はVISA、
韓国はヒュンダイ自動車である。

私自身、広告の世界にもいたことがあり、自然にスポンサーのことが気になるし、
あわせてイベントの収支を考える習慣が付いている。
いわば職業病だ。
サッカー女子ワールドカップ関係の会社が株価を上げているのも気になった。

それでもやはり、鮮烈な印象は、ゴールドのテープや、紙ふぶきが舞う
閉会式の演出であった。
ドイツのデザイナーの知恵と、その実行力に今回も教えられたし、
なでしこたちのこれまでの努力が報われたようにも感じた。
もし開催国が日本であれば、あれだけの演出ができたか?
との思いで見ていたのは、恐らく私だけであるまい。

思えば、先日の英国のウィリアム皇太子とケイト・ミドルトン嬢との
ロイヤルウェディングも、世界のビッグ・ショーとなり、
そこでは、英国デザイナーの腕が試された。
同様に、今度の女子W杯も、ドイツのデザイナーの「デザイン力」が
世界から見られていたし、彼らはそれに応えていた。
さすがドイツである。

(K.K.)


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2011年07月13日

ドイツの魅力

私の「習い事三日坊主」のひとつにドイツ語入門があった。
昔、同僚がドイツ語学科を出ていることを知り、
早速、ドイツ語入門を試みたが、仕事が忙しくなったという口実で、
三日坊主で終わってしまった過去がある。
それでも何となく、ドイツの魅力は私の心の隅に残っていた。

先日、懇意にしているドイツ人デザイナーから、
ウォルフスブルグで「なでしこジャパン」が大活躍しているねと、
同僚あてにメールが届いた。
準々決勝で、延長戦の末、地元ドイツを破ったというから、
ドイツのメディアも絶賛、まさにワールドニュースなのだが、
私と同様、同僚もサッカー女子W杯には無関心で、
ウォルフスブルグの街でサッカーが行われていることも知らなかった。

私も聞きなれない、ウォルフスブルグ(Wolfsburg)。
調べてみると、ドイツの自動車メーカー、フォルクスワーゲンの本社が置かれ、
日本流に言えば企業城下町として発展したそうだ。
(市名は、ドイツ語で「狼の城」の意とか。)

今回のサッカー女子W杯は、ウォルフスブルグ等のドイツ地方都市で開催中。
日本時間で明日未明のスウェーデンと 「なでしこジャパン」の準決勝は、
フランクフルトで行われる、まさに持ち回り興行なのだ。

件のドイツ人デザイナーも、大のサッカーファン。
親日家の彼は、今度は日本を応援してくれるだろうと思うと、
遠く離れたドイツも、身近に感じられるから不思議だ。
自国の代表チームを破った「なでしこジャパン」を絶賛するあたりにも、
メディアやスポーツ文化の成熟を感じる。
やはりドイツは、私にとって魅力ある国である。

(K.K.)


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2011年07月07日

国威プロジェクト「新幹線」

突然、北京の友人が訪ねて来た。
忙しい出張の空き時間に顔を見せてくれたのだ。友人とはありがたい。
早速、中国は北京の近況を聞いてみた。

6月30日の新聞は、「国威プロジェクト次々完成」 「中国共産党きょう90周年」
「批判尻目に国産・新幹線開業」などと報じ、北京はお祝いムード一色とか。
その真意は?

中国の二大都市、北京と上海を結ぶ高速鉄道(中国版新幹線)が6月30日開業。
北京-上海間を4時間48分で結ぶ。
「一度に建設した長さ(1318km)としては世界最長で、最高速の鉄道を
わずか38ヶ月で建設した」と自画自賛しているようだ。

ところで、「すぐにビジネス出張に利用するか」との問いに、
友人は、様子を見てからでも遅くないから、当分は利用しないという。
新製品には飛び付かず、生産が安定してから購入するのと同じく、
乗るのもあわてないのだという。

日本の新幹線開業は、東京オリンピックの年、1964年。
すでに47年間走り続けている。
その日本のハード、ソフト両面の技術、経験値、ノウハウは、自他ともに認めながら、
国産・新幹線開業が国威プロジェクトになる中国。
「中国共産党きょう90周年」の記事を読みながら、やはり近くで遠い国のように思えた。

(K.K.)


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2011年06月20日

長すぎる就職活動

大学生の長期に亘る就職活動が学業に影響する、
といわれて久しいが、いまだ何も改善されていない。
そして、今年の就職活動は、例年にも増して長引きかねない。
東日本大震災の影響で、採用選考の時期を遅らせる企業が
相次いだことが大きいと言われる。

転職の場合も同様、「長すぎる就職活動」を改めたいが、
政府も、企業も、今のところ知恵がないのが現状だ。

しかし、例えば、団塊世代の退職に対応して、
中途採用を大幅に増やせる政策などを打ち出し、
企業にも活気をとり戻させるなどすれば、「長すぎる就職活動」も
解消の方向へ向かうのではないだろうか。

特に、東日本大震災以後、政治に誰も期待しなくなり、
ずるずると毎日が繰り返されているようだと、日本のこれからが危ない。
やはり、一票の重みを再認識し、政治を身近なものとして考え、
企業活動が活発になるアイデア主とその実行主を選ばないといけない。
言うは易しだが、「長すぎる就職活動」は、国家の損得に値する
最重要な課題であることには間違いない。

(K.K.)


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2011年05月25日

東日本大震災 デザイナーは何が出来るか(8)

神田学会理事・清水さんよりご案内をいただいて、神田明神境内で開かれた
「日本神話と災害教訓に学ぶ夕べ」と題する催しに参加した。

大震災の日、同神社境内には多くの人が避難してきて、
一時は数百人に膨れ上がったそうだ。
「神社が避難地としての機能を持っていることを再認識した」と
神社禰宜の清水さん(神田学会理事)。
早速、地震について深く考える機会を設けようと、この催しを企画したという。

神田明神の氏子である神田と日本橋は、災害が多い地域。
この150年間だけでも、安政大地震、関東大震災、東京大空襲など、
3度にもわたる破滅的被害を受けてきたが、
幾多の困難を克服し、見事に復興を遂げている。
その江戸っ子の心意気を皆様と再考したいとのことだった。

催しは2部構成で、第1部は「災害教訓シンポジウム」。
内閣府中央防災会議のメンバーらによるシンポジウムで、
過去の経験から、大災害への対処や心構えなど学んだ。

第2部は「平野啓子の語りの世界」。
名作・名文の語り部として知られる平野啓子さんにより、
明治期に台風で難破したトルコ人を救助した日本人の真心を伝える
「エルトゥールル号物語」などの朗読が行われた。

「今、神社は何が出来るか」との思いが、社殿前の特設会場を埋めた
400人を超える聴衆の心をつかんでいたように思う。

「デザイナーは何が出来るか」。
今日も、自問自答している諸氏も多いだろう。

(K.K.)


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2011年05月16日

昨今のデザイナー転職事情(3)

去る4月28日、パナソニックは、従業員10万人のサンヨーとの合併により、
白物家電分野の重複を避けるため、4万人のリストラを計画している、
と報じられた。

リストラは海外を中心にとあるが、東日本大震災後の後だけに、
ショックなニュースではある。

一方、大震災の影響で、2012年春卒業予定の大学4年生を対象にした
採用活動を、6月以降に延期している電機、商社、自動車などの大手企業が、
震災前の計画に比べ、採用数を減らさないことが明らかになった。
少しは、ほっとした学生も多いと思う。

最近、会う人ごとに「今、転職は可能ですか」と、真剣に聞かれることが多い。
先日も、若いデザイナーから、地方にいては、「井の中の蛙」で終わりそうだから、
東京やNYで3Dの腕を磨く武者修行ができないか、と聞かれた。
もちろん働きながら、である。

弊社のように、デザイナーの転職をお世話している企業では、
経験者採用がベースになるので、「修行の場」の提供は難しい。
昔と違い、親方について武者修行するといった教育の場は、企業にはない。

修行をするのなら、例えば、フリーのプロダクションにもぐりこんで働き、
土日には自己研鑽に励む、といった努力のみが、
腕の上達につながるのではないかと、冷たいような返事しか出来なかった。

(K.K.)


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2011年04月27日

東日本大震災 デザイナーは何が出来るか(7)

福島県出身の後輩、N君がメールをくれた。

「ゴールデンウィークは、復興作業のため、実家に帰省する予定です。
 庭のガレキの撤去の見積もりだけで4万を超えているので、
 内部も片付けて撤去するには、かなりの気合がいりそうです。」

ガレキの撤去も大変だが、未だ身元が分かっていない遺体を
特定する手掛かりを得ようと、宮城県警は遺体の着衣の洗濯・保管を開始し、
26日には、報道陣に一部公開したと新聞が報じている。

また、遺体安置所には、行方不明者の手掛かりを得ようと、
震災以降、家族ら10万人が訪れているという。

着衣で手掛かり求めることは、ノルウエーやカナダなどで
行われていたと聞いたことがある。
漁師が遭難した際、手編みのオリジナルセーターなどが、
その役目を果たしていたのだ。
恋人のために愛情をこめた模様やデザインを考え、
手作りのセーターを編み続けた、
それが北欧やカナダの民芸の発祥、ルーツとなっているのである。

悲しみの中に、手掛かりを求め続ける遺族のことを思うと
手編みのオリジナルセーターも生活の知恵であったのだろう。
合掌。

(K.K.)


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2011年04月20日

東日本大震災 デザイナーは何が出来るか(6)

「成田は静まり返っていて不気味なくらいです。
 店に聞くと、売り上げは半分以下だそうで、
 外国人はほとんどいません。
 地震の影響の重大さが身にしみてわかります。」
と、上海に出張する友人が、成田から携帯メールをくれた。

また、北京の友人からは、放射能が東京に及ぶようだが、
家族を連れて北京に避難してはどうか、とメールが来る。
やはり、風評は異常なくらい蔓延している。

千葉でDIYのアドバイザーをしているS君からは、
大震災後、防災ツールは売れに売れ、在庫が空になったが、
ようやく最近、現状復帰したと聞かされた。
願わくは、災害が起こってからではなく、
日頃から、用心に用心を重ねたいところだ。

DIYと言えば、私は、昨年暮れに日曜大工で本箱を作り、壁に固定、
天井まで本を隙間なく詰めていたので、今度の地震には耐えられた。
本箱の下に特殊なゴムの板を敷き、耐震を考慮したのが
功を奏したのだろうと思っている。
 
何はともあれ、マスコミも含め、皆で東京電力や政府を
追い詰めるだけでは、何も解決が出来ない。
多くの日本人は、日本を離れることはできないのだ。
日本再生しかないことを肝に銘じ、私は、加齢を自覚しながらも、
「デザイナーは何が出来るか」今日も問い続けている。

(K.K.)


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2011年04月13日

東日本大震災 デザイナーは何が出来るか(5)

余震の後、必ず「大丈夫か」と北京の友人がメールをくれる。
もう、そろそろ一ヶ月だから、収束するだろうと返事を書いた途端に、
また大きな揺れが来た。余震である。

忘れもしない、東日本大震災は3月11日午後2時46分、
大きな余震が来たのは、4月11日午後5時16分、
まぎれもなく一ヵ月後に、追い討ちをかけるように、この余震。

自然とは、なんと無情なものか。
自然の脅威に、人間は手も足も出ないのだ。
さらに、震災から一ヶ月を経ても、
東京電力・福島原子力発電所の事故は、予断を許さない。
大量の汚染水を海に放出するなど、綱渡りが続き、
その深刻度は、史上最悪の「レベル7」になった。

懸命の復旧作業の一方、終わりの見えない不安が広がっている。
避難命令は30キロ圏内になっているのだが、
海外ではすでに、日本自体が危ないという風評が定着しつつあると聞く。

「人間、求めて苦労しようと思わぬ。
しかし求めてでも苦労しなければならぬ時もある。」
と誰かが書いていたが、まさに今回の東日本大震災は、
私たちデザイナーにとって何が出来るかを問うている。
今が、その「求めてでも苦労しなければならぬ時」なのかも知れない。

例えば、有識者による復興構想会議などの提言を具体化し、
グランドデザインするときなどには、デザイナーは積極的に参加し、
明るい未来を描くお手伝いなどが出来れば、と切に願う。

(K.K.)


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2011年04月05日

東日本大震災 デザイナーは何が出来るか(4)

4月4日付東京新聞の夕刊に、哲学者・梅原猛は書いている。

  私は50年間、日本のことを研究してきて、
  最近「草木国士」と共生する日本の思想をもとにして
  「人類の哲学」を書く着想を得た。
  しかし人間に奴隷の如く酷使された自然の怒りという観念が
  私にはまったく欠如していた。
  この震災は私の哲学への厳しい批判でもあり、
  3月11日以来、私は悲しみの中にいた。

  テレビが伝える被災地の人々を懸命に救援・援助する自衛隊や
  ボランティアの人々の活動をみて、
  私も苦しむ被災地の人々を救いたいと思ったが、
  よぼよぼの老人が救いに行けるはずもない。
  しかし想像を絶する災害に遭いながら、生き延びたことを喜び、
  お互いに助け合いながら生きている人々の姿をみると、
  私のまた老残の身ながら、この震災の経験をもとにして、
  日本の人々ばかりか世界の人々を幸福にする哲学をつくらねば
  ならないと切に思うようになった。(文中抜粋)

同紙、社会面には、『孫社長100億円寄付 引退まで役員報酬分も』
という記事も載っていた。

  ソフトバンクは3日、孫正義社長が東日本大震災の被害者に向けて
  義援・支援金100億円を寄付する、と発表した。
  孫社長は2011年度から引退するまでの役員報酬の全額を寄付し、
  災害遺児らの支援に充てるとしている。(文中抜粋)

このふたりの大震災に対する対応には教えられることが多い。
振り返って、私たち、デザイナーには何が出来るのか。
再度、問いたい。

(K.K.)


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2011年03月30日

東日本大震災 デザイナーは何が出来るか(3)

先週末、ヤボ用で千葉県の海岸に面したK市に行っていた。
穏やかな海を見ながら、どうしても3月11日のあの大津波に繋がらない。
テレビで見て愕然とした、あの海ではないのである。
そして原発事故。この海にも放射性物質が流れているかもしれない。
とても、汚染されている海だとは信じられない穏やかさだった。

ふと、昔のことを思い出した。
大学で初めての夏休み、宿題はA3サイズのスケッチ15枚。
課題を消化するには、山でも行って描くしかないと、立山連峰に向かった。
先ず、富山県の宇奈月に入り、黒部渓谷に行こうと食堂に入った。
そこで偶然、黒部ダム工事現場に向かうT氏と会い、幸運にも同行を許された。
貧乏画学生の特権、その親切に感動して付いていった。

黒部川第四発電所、通称「くろよん」、あるいは略称「黒四発電所」。
富山県黒部市の黒部川上流部にある関西電力の水力発電所だ。
黒部ダムから水を引いて発電している。

1961年、発電開始。
当時、既に環境保護のため及び厳冬期の雪崩対策として、
この発電施設及び輸送ルートや送水管は、すべて地下に作られている。
完成は、1963年。

1964年、東京オリンピック以後は、能率、効率の悪い水力発電などの
自然エネルギー発電を先送りし、好むと好まざるとにかかわらず、
原子力発電を受け入れ、国はその建設に舵を取った。
私たちは、その電力に依存する生活を始めた。
現在、発電割合は、原子力29%、LNG29%、石炭25%,一般水力は7%である。

能率、効率を求め続けた成長路線は、広島・長崎の教訓をも忘れさせたのか。
今度の不幸な災害が、皮肉にも、被曝の危険性を教えてくれた。
私も、このことがなければ、学生スケッチ旅行も、水力発電も忘れていた。

これからの日本は、容易ならざる事態が続くだろう。
能率、効率を求め続けた産業界も転換を迫られるかもしれない。
デザイナーは何が出来るか、新しい生き方がないものか、
今こそ、デザインの力を発揮し、人生を「モデルチェンジ」するような
提案のできるデザイナーの出番があると信じたい。
そして、それに応えられなければ、デザイナー失格である。

(K.K.)


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2011年03月22日

東日本大震災 デザイナーは何が出来るか(2)

「天災は忘れた頃にやってくる(災害は忘れたころにやってくる)」
という有名な警句がある。
一般には、寺田寅彦の言葉として知られているが、
結局、「災害」だから「忘れた頃にやってくる」のではなく、
「忘れた頃にやって来る」から「災害」になるのである。

大地震発生から10日たっても、被害の全容は不明なほど甚大だ。
「デザイナーは何が出来るか」と大上段から考えようしても、
実際には、目途さえ立てられない現実に、歯がゆい思いもするが、
1995年1月に発生した、阪神・淡路大震災の教訓は、生きているはずである。

因みにその時、先輩デザイナーが、仮設住宅建設に一ヶ月の間、
ボランティアで参加した話を聞いたことがあるし、
住宅メーカーのデザイナーは、耐震構造の研究に専念し、
壊れないハウスのデザインに取り組んできたことは事実である。
それでも、不幸にして、国内観測史上最大のマグニチュード9.0という
極めて強い地震と、それに続く巨大津波には、なすすべがなかった。
さらに追い打ちをかける様に、原発事故である。

仙台近郊でデザイン事務所を経営しているN氏と連絡が取れ、
彼の家族の無事も確認できたが、自宅と事務所は、
津波で流されてしまったとのこと。

そうした数々の現実を受け止めて、我々デザイナーは何が出来るのか、
今後、さらに考えて行きたいと思う。

(K.K.)


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2011年03月15日

東日本大震災 デザイナーは何が出来るか(1)

先ずは、お見舞い申し上げます。

私は、11日(金)午後、横浜の会社で、コンサルタントの仕事中でした。
揺れ始めてから収まるまでの時間の長さに、まず驚きました。
その後、余震もあり、電車が動きませんでしたから、
その事務所に泊めてもらい、12日(土)朝、帰途につき、
午前11時頃、鎌倉の自宅に戻りました。
お陰様で、しばし停電しただけで、鎌倉は無事でした。

当日、弊社のスタッフは、都内浜松町のオフィスに3人ほど泊まり、
翌朝、地下鉄、JR等が動き出して帰宅。
追って、携帯メールで、関係者の安否が確認でき、少し安心できました。

友人の一人は、新宿のホテルの42階で会議中だったそうです。
揺れ出した途端、机上のコーヒーと水が床に落ち、
あの揺れはハンパじゃなく、生きた心地がなかった、
結局、4時間程缶詰になり、軟禁状態で余震の中を過ごし、
エレベーターは最後まで使用できなかったので、非常階段で降りました、
とメールがありました。

スペインにいる友人の画家から心配、お見舞いのメールがあり、
昨日、今日と2回ばかりメールしました。
海外からも便りがあるのは嬉しいですが、災害は頂けませんね。

また昨日は、上海の友人からお見舞いの電話をもらいました。
上海では、朝から晩まで、終日テレビで、東日本巨大地震を放映しているそうです。
彼の日本の家族も無事だったと、海外で安堵していました。

今回の地震では、日本一の防波堤すら何の役にも立たない事が判明。
その事実を受け止めて、我々デザイナーは何が出来るのか、
今後、考えて行きたいと思います。

(K.K.)


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2011年03月08日

昨今のデザイナー転職事情(2)

昨日、北京の友人と会った。
長い春節休暇も終わり、少しは動きがあるのでは?と、
一番に、中国の市場動向を聞いた。

この時期、役所の人事異動もあり、3月20日頃までは、
担当者が落ち着かないので、交渉事はお預けだという。
新5ヵ年計画が発表され、一部動揺もあるようだが、
どこの国も、お役所スタイルは同じなのだと思った。
政治都市・北京は、相変わらず健在のようだ。

一方、上海の友人からのメールによると、人材市場動向は、
春節休暇以降も、引き続き求人数、求職者数が増加しており、
全体的に、応募者が企業面接に至る確率が高くなり、
面接から入社までのサイクルが短期化、
応募から入社まで3日間というスピード入社もあるなど、
成長路線が続いているという。

市場は、「超・売り手市場」と呼べるほど、求職者が有利な状態になっており、
企業、求職者ともに、これまで経験したことがない環境になっているとあった。

振り返って、わが国のデザイナー転職市場は、
求人数はといえば、すこぶる少ない。
その少なさゆえか、応募したとしても、面接の機会は
0.5パーセントもないというから悲しくなる。
今期の大手企業の利益を見る限り、ほとんど海外で稼いでいる。
デザイナーもそろそろ、海外で稼ぐ術を勉強する時代に突入しているようだ。
「グローバル」という言葉を、もう一度噛み締めたい。

(K.K.)


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2011年03月01日

昨今のデザイナー転職事情(1)

インターネットが、会社組織や経営に変革を促している。
ネットの浸透で意思伝達や取引の手間が格段に減り、
スピードとコスト競争が激しさを増し、研究開発、社員の働き方、
コミュニケーションなどの変革が求められている。

一方、その流れについて行けない企業は、
経営縮小、倒産と暗い道をたどる。
特に3月は、多くの会社が決算準備に入る。

デザイナーも、指示待ちから脱却し、経営者の動きを早目、早目に読んで、
転職の機会を逃さないことが大事だ。
その会社と心中する気持ちの人は別だが、給料遅配、残業カット、
配置転換などがあるようなときには、その会社の行く末を見極めたい。
そして、早目、早目に各社の情報を集めることだ。

昨今のデザイナーは、のんびりとデザインに特化し過ぎているようで、
いまひとつ、経営者の頭の中、心中を理解していないようだ。
どうしても、経営者から情報を得られない場合は、
経理や総務から経営情報を得て、対策を練る手もある。

このご時勢、たやすく転職先が見つからないことだけは、
若くとも、肝に銘じておきたい。

(K.K.)


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2011年02月22日

市民講座のデザイン講義

先日も記したが、2月、8月(通称:ニッパチ)は、私の充電期間。
第二弾は、「美の競演:黄金比と造形の世界 美しい形に潜む不思議な数字」
と題して、東京都市大学の川口和英准教授の講演を拝聴した。

講義内容は、都市景観や身近なデザインについて、
その基礎的な仕組みを学び、景観形成に向けた思考力を養うことを目的とし、
フィボナッチ級数やいわゆる美しい形に潜む不思議な数字や黄金比、
あるいは白銀比といわれる、人間が美しいと思う形などの秘密に触れてみる、
というものだ。
講義のポイントは、「ヨーロッパ、中国、日本の都市の美観の比較」と
「数字と美しさの話」の2点。

久しぶりに、「フィボナッチ級数」や「黄金比」、あるいは「白銀比」という言葉に接し、
昔の学生時代を思い出しながら、この市民講座のデザイン講義のレベルと
私たち、プロのデザイン界との学問の差はあるのかと、しばし考え、刺激を受けた。

黄金比の例として、凱旋門、パルティノン神殿、名刺の縦横、
ピラミッド(高さと底辺の長さ比率)などの研究は有名。
近代では、建築家のル・コルビジェは、人体の主要な特徴を基にして
2つのフィボナッチの数列を引き出し、「モデュロール」を作り出した、
などの講義を聴きながら、是が非でもフィボナッチの数列を
デザインに組み込む必要はないが、デザインの他の面で手詰まりになった時、
フィボナッチの数列との関係を探ってみるのも良いだろうと改めて思った。

(K.K.)


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2011年02月15日

『これからの広告と公告』


先日、「かわさきデザインフォーラム」で、『これからの広告と公告』と題し、
(株)HAKUHODO DESIGN 永井一史氏の講演会があり、
氏から、「広告の新しい役割」5項目を教わった。

1)広告は、社会のためになる
2)広告は、純粋体験を生み出す
3)広告は、リノベートする
4)広告は、サービス、進化する
5)広告は、大きな共感の場を作る

そして、従来のテレビ、新聞、雑誌、ラジオ等の広告媒体から、
主たるものはWEB広告へと、世界が様変わりした広告界の
現在と未来を話された。

「様変わりした広告界」といえば、思い出したことがある。
10~15年前、上海で、友人が「広告とは何か」を
中国人に教えることの難しさを味わっていると聞いたことがあった。
当時の共産社会では、物は上から与えられるから、競争はない。
従って、広告は要らないのである。

ところが自由経済になると、いかに広告し、いかに物を沢山売るかが勝負。
彼らは、必死に広告を学んでいたそうだ。
そして、中国は今年、GDP世界2位に躍進したのだ。
今後は、「広告の新しい役割」を13億人の中国人がいかに理解し、
モノにするかが問われるのだろう。

(K.K.)


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2011年02月08日

映画プロデューサーの仕事

私は、2月、8月(通称:ニッパチ)は、努めて充電に当てている。
先日は、著名な映画監督・小津安二郎のプロデューサーであった、
山内静夫氏のお話を聴いた。(現・鎌倉文学館 館長)

氏は、「晩春」「麦秋」「東京物語」などの名作を立て続けに発表し、
日本映画界の重鎮となった小津安二郎の映画54本のうち、
後半の映画6本のプロデューサーを務めた。

私は職業柄、映画監督の仕事は大体理解しているが、
映画プロデューサーの役割はあまり知らなかった。
その仕事は、興行の予算や日程管理等、
すべての日常管理業務の責任を持つものだそうだ。
また、映画監督は、脚本から俳優さんの決めも含めて、
映画が出来上がるまで中身のすべてを受け持つ。

小津監督は、仕事とプライベートは、はっきりと分かれていて、
非常に楽しく仕事が出来たそうだ。
「面白くなければ映画でない」という言葉もあるが、
小津監督映画は、「心に響くものを出せない映画は映画でない」という。
監督自身の人間性が出るからと、例えば、一流の人と付き合うとか、
常日頃から向学心に燃え、自分自身の向上に努めていたとも話されていた。

映画監督は、映画の中身に没頭し、わが子のように育て上げるものらしく、
映画プロデューサーは、そうした映画監督・クリエーターが
働きやすい環境を作る役割なのだ。

デザイン界を見てみると、アップルのスティーブ・ジョブスなどは、
小津監督と似ている面があるように思うが、
デザイナーの世界の「プロデューサー」の役割は、
映画界とは少し様子が違うようだ。


注)小津安二郎は、映画監督以上に映像芸術家として国際的に知られ、
  溝口健二、黒澤明と並んで非常に評価が高く、
  「東京物語」はヨーロッパで非常に人気が高い映画監督。
  1963年12月12日満60歳の誕生日に、腮源性癌腫により死去。
  死後、フランスを中心に国際的評価が高まり、独特の映画スタイルが
  斬新なものとされ、著名な映画人たちが小津映画の再評価に勤める。
  2003年、小津安二郎の生誕100周年に、記念プロジェクトが立ち上がり、
  各地で上映会等の記念イベントが催された。

(K.K.)


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2011年02月01日

中国の春節と転職事情

今年の中国の春節(旧正月)は、2月3日。
2日から8日までの7日間は、日本で言うお正月休みだ。

懇意にしている上海の人材会社から、
年末年始の転職事情がメールで届いた。
それによると、12月の好調な業界は製造設備、工作機械メーカー、
あるいは、これらの商品を取り扱う商社、
そして、金融危機の影響から復活しつつあるIT企業だそうだ。

しかし、企業が採用したいと思うような求職者が、
なかなか市場から出てこないというミスマッチが目立ったとある。
それでも、1月は、求人増加の勢いは全く落ちておらず、
計画的な採用活動も行われるようになったとのことだ。

例えば、日系コンサルタント会社からは、
事業内容として、マーケット代理(調査)や
店舗内装の日本人グラフィックデザイン経験者を求むとあり、
中国語ができれば尚可とあった。給与月収は、12,000元~。

春節休暇による企業の採用活動への影響は避けられないが、
企業にとっては、人材の早期確保が優先課題とあり、
求人側と求職者とのミスマッチがなくなることも大きな課題とあった。

ミスマッチについては、日本でもその解消が課題だろう。
多分に、ミスマッチの原因は、本当にどんな人材が欲しいのか、
求人側の研究不足にもあるように、私は感じている。

(K.K.)


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2011年01月25日

職業のルーツ

昨年、北京の友人から頂いた本、
『画悦老北京』(The disappearing customs of old Beijing)に
教えられることが多いので記したい。

昔の北京の街で行われていた商売の数々を見ると、
職業のルーツとは何か、おぼろげながら見えてくる。
極論を先に言えば、人がいるところに、人のための職業が成り立つ。
ちょっとしたアイデアでも商売になるということを教えてくれる。
乞食に近いものも含め、200種類もの職業が描かれているから、
当時の北京というところは、今もそうだが、活気があったのだろう。

現在のように、万人向けでないと商売が成り立たないという世界ではなく、
限られた人が買ってくれて、それで生活が成り立てば良しとする、
個人対個人、アナログの世界であった。
大量生産を必要としないから、おのずと自分の趣味をも持ち込み、
自分の腕一つで商売が出来たのである。
その本を見ながら、商売、職業について改めて考えさせられた。

(K.K.)


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2011年01月19日

自分次第

年が明け、後輩のS君に会った。
彼はデザイナーOBで、定年後も活き活きと人生を送っているので、
その秘訣を聞いてみた。

今は、アドバイザーとして、近くのホームセンターでパートしているそうで、
彼いわく、
1)自分の働きたい日に出勤できる
2)毎日お客さんと接してしているから、いい意味で緊張している
3)売り場には、常に新製品が並べられるから、
  その商品知識が求められ、勉強している
というのである。毎日の刺激が彼を活き活きさせているのだ。

レオナルド・ダ・ヴィンチが弟子に告げた言葉に、
あの鐘の音を聞け、鐘は一つだが、音はどうとも聞かれるというのがある。
人生は一度きり。
人それぞれに、パートであれ、派遣であれ、正社員であれ、
そして、どんな仕事に就いているのであれ、
それぞれの環境の中で、そこに楽しみややりがいを見出し、
いかに充実した人生にするかは、自分次第ということなのだ。

(K.K.)


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2011年01月12日

iPad入門中

昨年暮れに、私のパソコンが駄目になった。
修理見積りをしたら、35,000円というので、即座に廃却を考えた。
その代わり、今年は電子書籍というものを見てみようと決め、
ボケ防止も視野に入れて、iPad入門を試みた。

最初は、出揃った日本メーカーのものにしようと思い、見て廻ったが、
新刊本一冊の価格が高すぎるので、諦めた。
iPadは、800円でいろいろな古典、版権が切れたものが
読めるというのが、やはり魅力で決めた。
新刊本は、当分、図書館にオーダーすることにした。

iPadを使いこなしている、数人のデザイナーが身近にいることも
購入の動機になった。
彼らから半周遅れのランナーは、彼らから学ぶことが出来るのである。
800円で、古典に近い本を読めることを学んだのも、彼らからだ。

この手の商品は、IDやパスワードを入れるなど、
慣れてしまえばなんでもないことでも、使いはじめには引っかかり、
先に進めないのが困るのである。
私の友人でも、半角で入力することを見つけるのに、
実に半日費やしたという豪傑もいるが、私には耐えられない。
操作に慣れるには、少し時間がかかりそうだが、
ダブルスイッチ機能があることを覚えれば、何とかなりそうである。

今は、メディアと機器と人間の関係(マン・マシン・インターフェイス)は、
時代に応じて変わって行くのだということを、静かに実感しているところである。

(K.K.)


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2011年01月06日

もてなす心

縁あって、年末年始は、群馬県高崎市の山奥の宿にお世話になっている。
10年近く通い詰めているから、その山村の変化が、何となく見えてくる。

当初、自治体が作ったものが、あるときから民間経営に変わり、
サービスの質も変わってきている。
大晦日には、餅つきをして村の人達が歓迎してくれた風景や、
どんと焼きのイベントなどは、今はもう無い。
宿も、温泉、カラオケ、卓球台等があるだけの普通の温泉ホテルになった。

それはそれでいいのだろうが、昔のことを知っているだけに、淋しくも思う。
来年からは、別のところを探そうと、10年も通い詰めた愛着のある町と
惜別しようかと思っているところだ。

このように、サービスの質が落ちてしまうのはいただけない。
日本人の客だけでなく、外国の観光客も呼び込もうというのなら、
もっと日本の伝統ある行事を見せてあげるなどすべきだろう。
その「もてなす心」も、大事な日本の文化のひとつだろうと思った。

(K.K.)


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2010年12月28日

明日があるさ

今年の新聞を整理していて気がついたことの一つは、
「希望をもって、諦めるな、明日があるさ」という、
生きることに執着する人間の強さだ。

例えば、「チリ落盤、33人全員生還」のニュース。
8月5日から69日間、700mもの地下に閉じ込められていた33人が、
全員救出された奇跡的な出来事には、感服した。
その団結力に世界が共感した、とも新聞は報じている。

一方、宇宙からの便りとしては、6月に地球に戻ってきた
日本の探査機「はやぶさ」が、3億kmも遠く離れた星から
小さな砂の粒を持ち帰った出来事。
月以外の星に着陸した人類が、「もの」を手に入れたのは初めてとか。
宇宙の謎に迫るための7年にわたる長い旅では、
何度もの大きなトラブルに見舞われたが、
持ち前の粘り強さに運までが味方をし、
偉業の達成となったと各紙は報じていた。

身近では、来春卒業予定の大学生の就職内定率は、57.6%で、
氷河期並みだと暗い報道が続く。
その大学生以上に、高校生が就職活動に苦しんでいる、
というニュースに接すると、新政府に期待するだけでなく、
社会全体の問題として考えないといけない大人の責任を痛感する。

ただ、生死の問題にくらべると、生活出来るだけでも、
先ずは幸とすべきでなのかもしれない。
この1月に亡くなった恩師の言葉を借りるなら、
「シベリア抑留のことを思えば、会社のどんな出来事も乗り越えられる」のだ。
彼は、私に生きる術を教えてくれ、脱サラして始めた私の小さな会社をも
支え続けてくれている。

「明日があるさ」と居直るぐらいの若さをもって、
来年も就職・転職に臨んでもらいたい。
私たちは、少しでもそのお手伝いが出来ればと思っている。
良いお年を。

(K.K.)


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2010年12月21日

大正時代人の凄さ

大正生まれの人達が、四季折々、銀座で集まり、
親睦を兼ねた飲み会をする「大正会」。
昭和35年に結成し、平成13年には、大正から昭和の人達に
バトンタッチするようにと、「友友会」と改名された。
私は、平成16年、銀座にある大手広告代理店のOさんに
入会を勧められ、会員となった。

その「友友会」が、諸般の事情により解散する?
との通知がきたのには驚いた。
総会を開き、皆で相談しようと付け加えられていた。

当日は、会員10数名の参加があり、協議の結果、
ひとまず解散することに決まった。
大正っ子が10名を切った「友友会」では、
昭和っ子の私たちの力およばずで、
運営が難しくなった事実に心が痛んだ。

記念に、Oさんから頂いた新聞記事によれば、
昭和36年、結成一周年記念は、東京・上野の本牧亭で開かれ、
司会は大正っ子「長老格」の森茂久彌。
講座にかけられただし物には、三島由紀夫、山口シズエ、
中曽根康弘、山田五十鈴…大正生まれの有名人の集まりで、
同窓会のようななごやかさだったそうだ。
「バカバカしいなんていう人は会員にしません」と、
大奮闘の森茂さんの弁と報じてあった。

映画「武士の家計簿」ではないが、「友友会」経理報告書には、
残高100万円以上残されていたのは、さすが、大正時代人。
倹約しながらも遊ぶ、遊びながらも倹約する、その凄さ。
「人の集まるところに文化あり」。
森茂久彌さんの遺産のひとつとして、
後世忘れてはならないと、私は肝に銘じている。

(K.K.)


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2010年12月14日

ノーベル賞受賞者の言葉

「疲れたら休め、友は遠くには行くまい」とは、
確かロシアのツルゲーネフの言葉だったと思うが、
今年のノーベル化学賞受賞・根岸英一氏の言葉、

「学問Aを考え詰めて疲れた場合は、Bの趣味のピアノを弾くなど、
頭を切り替えると新しいアイデアが出てくる。
その積み重ねが、ノーベル賞になった」

というのは面白いと思った。

疲れたら頭を休めて、ピアノなどで別の脳を動かす、
しばらくするとまた、学問Aに舞い戻り、研究に取り組む。
このコンビネーションが、ノーベル賞に値する研究になったとの話は、
やはり私のような凡人とは違うものだ。

私は、疲れたら休み、ボーッとするとか、散歩する程度で
頭や身体を休めることを考えていたが、
さすがノーベル賞受賞者は、ピアノなどを弾き、脳を動かし、
頭の別の部分を刺激しているのだ。

かつて、日本で研究職を得られず、やむなく渡米した根岸氏だが、
今後は日本での活躍は増えそうだとのこと。
早速、12月1日付で、ソニーのエグゼクティブ・リサーチ・アドバイザーに就任、
その他、母校の東京大学の総長顧問にも就き、
研究や国際化についての助言などをするそうだ。

グローバルな転職とみればすばらしいこと。
日本人も捨てたものでないと胸を熱くした。
今年の嬉しいニュースとして、記録に残る出来事になったと思った。

(K.K.)


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2010年12月07日

人工心臓から海洋開発まで

人工心臓のデザインといえば、川崎和男。
それだけ世界的に有名になった彼が、
最近では、海洋開発のデザインを手がけている
ということを新聞で知った。
(日経産業新聞の連載「仕事人秘録」欄)

先日の忘年会で、後輩のN君から、川崎先生の最近の消息を聞かれたが、
彼が大阪大学に赴任してから4年、
セミナー会場で1、2回会っただけで、詳しく知る由も無い。
そんな折の今度の新聞連載で、13回にわたっているので、
参考になればと、その切り抜きを後輩N君に送った。

川崎和男は語る。

「今、教育の現場で力を入れているのが海洋デザインだ。
 阪大、大阪府立大学、神戸大学の関西海事アライアンスという協定により、
 デザイン戦略論を教えている。
 学生からは、洋上に構築するメガフロートなどの提案が出てくる。
 日本は海を通じ、外に向かって発展してきた貿易立国だ。
 ところが最近は、内向きで元気のない日本人の姿が目立つ。
 私は、日本が国連の常任理事国になる必要があると思っている。
 それぐらいの発言力を持たないと、国際社会で存在感を示せない。
 資源に乏しい国だからこそ、貿易立国の志を忘れてはいけない。
 貿易の競争力の源は製造業にある。
 製品の質や価値を高める工業デザインの力を
 これから多くの人に感じ取ってもらいたいと願っている。」

彼ほど、工業デザインの領域を広げて活躍しているデザイナーを知らない。
彼の柔軟性に富んだアイデア構築は、天性のものだろうが、
身近に見る限り、彼は、努力の塊でもある。

(K.K.)


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2010年11月30日

明るい忘年会に

年の瀬を意識しだすと、すぐに忘年会の話が飛び込んでくる。
忘年会、新年会と続くと、また歳を重ねると思うから、
若い頃とは違って、少し憂鬱になる季節でもある。
明るい忘年会になるように企画するのも、
デザイナーの使命であろうと思う。

ふと、昔の話を思い出したので書く。
「平成」に年号が改まる22年前の年の瀬は、昭和天皇崩御はいつ?と、
なんと無く、既に喪に伏すようなムードが漂っていた。
忘年会などは、もちろん禁止に近い雰囲気の世相であった。
が、当時の漫画家は、こんな時こそ、悲しみを吹き飛ばす
イベントを組むべきだ、大いに騒ごうと息巻いていた。

ムードに弱い日本人から卒業すべき、との
彼らの心意気はすばらしい、と感心した。
景気は気の問題と、彼らはすでに定義していた。
よって、気を持ち直そうと心の入れ替えを提案していたのである。

先取り精神に満ちた、漫画家の心意気は、今でも続いているとしたら、
デザイナー諸氏も、この精神を学ぶべきだろう。
明るい忘年会になるように企画するのもデザイナーの務め。
それを私は、先行デザインのイベントと呼んでいる。

(K.K.)


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2010年11月24日

就職個別指導

久しぶりにプロ・コンサルタントに会った。Iさんだ。
「真剣に就職活動する人のみ募集」と謳い、
就職・転職活動の個別指導をしているという。

1回目は無料だが、2回目からは有料で、
計6回で8万6千円の授業料がかかるが、
皆、真剣に受けに来るそうだ。

受講生は、「何か良いやり方があるのではないかと、
真剣に就職活動に取り組み、 尚且つ、教育に賭ける、
少しゆとりのある生徒が多いように思います。」とは、彼の弁。

景気が回復したら雇用が増え、転職可能という安易な考え方など、
どこにも無いことを受講生は皆知っているという。
何社受けても、いまだに内定を得ていない30歳代の人もいる。

私自身がそうした状況だったら…と考えると耐えられないし、
本当に精神的に参ってしまわないかとも案じている。
それでも、就職活動を続けなければいけない現実があり、
彼の個別指導の今を、成果を問うてみた。

「教育は有料という意味での真剣さは凄い。
3、4回目まで行かないうちに就職が決まる人が多い」という。
どんな内容をコンサルティングしているかとの質問には、
「それぞれの個人に合わせた、個別で具体的な指導をしているので、
分かりやすいのだと思います」と。
彼の真摯な姿勢と指導力、丁寧さが特徴なのだと私は見た。

転職の歴史に学ぶことをも、プロ・コンサルタントは教えている。
学ぶことで自分を再発見し、トライしていくことで頑強な精神を学び、
そして、もっと自由に、自分に合った職業を選択し、
ユニークな人生を目指して生きることを、彼は個別指導しているのだ。
大学からも講師の引き合いが数多あると聞き、さらに納得した。

(K.K.)


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2010年11月16日

感動を与えるデザイン

日本ハーモニカ芸術協会主催の2010年師範・準師範グレード認定者による
「ハーモニカ コンサート」に出演すると、旧友から案内をもらった。

定年後、ハーモニカを習い始め、超スピードで準師範グレード認定者に
選ばれたのだから、壮挙といえるだろう。
ただし、基礎は中学時代に父親から習ったというから、素人でない。
それでも、半世紀を経てこの実力。
彼曰く、未だ90パーセントまで来たぐらいと謙遜する。

彼の演奏を聴いて、感動を与える音楽というものにしびれた。
人格までもが音になって出ているのだ。

音楽にしびれたから言うわけではないが、
昨今、我々デザインの世界に、感動を与えるデザインはあるだろうか?
しばし考えてしまう。すぐには思い浮かばないのだ。

Gマークのグッドデザイン製品もいいが、
モデルチェンジ毎にデザインが陳腐化してゆくのはどうしたことか。

デザイナーは、ゴミをデザインしているのかという
辛口の評論家もいるが、真に感動を与えるデザインとは何か、
少し時間を掛けてでも考える時代に入ってきているように、私は思う。
ゴミの山を築かないようにしたいものだ。

(K.K.)


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2010年11月10日

大学に「就活休み」を

大学の先生である友人曰く、学生は11月頃から就職活動で忙しく、
大学に出てこないし、誰も勉強しないのだそうだ。
何ともふがいない大学になりつつあると嘆くことしきり。

いっそのこと、大学入試のように、一斉に一回の入試で、
受かる or 落ちるの判定がある方が、いいのでは?
落ちれば浪人して再度挑戦する方がメリハリがある、と説く。

今の就職活動は、規制が無いに等しいから、
この11月ぐらいから始まっている。
学生は、就職活動のため、勉強どころではなく、
時間を作っては会社訪問を繰り返す、
そんな日々を送っているというのである。

従って、大学生活の後半は、就職活動がメインで、勉強はサブ、
これは、新卒一括採用の慣行が残ったまま、
企業の採用が自由化された結果であるとか。
大学では、落ち着いて勉強できないしくみである。
こんな中から優秀な人材は出ないし、
ましてや、ノーベル賞を獲れるような人は出て来ない。

だとしたら、各大学は自主性を貫き、卒業単位を得た時点で、
就活休みを与えるという制度を採り入れ
大学入試のような就職試験制度にした方が、
本来の大学に戻るように思う。

但し、もしも就職活動に敗れたとしても、
次年度、再度挑戦できるチャンスを与えられる
社会でなければならないことは言うまでもない。

(K.K.)


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2010年11月02日

世界が職場

日本の不景気は、工業デザイン界をも
例外なく元気の無いものにしている。
先日も、川崎でデザイナーの集まりがあり、
皆に聞いてみたが、やはり暗い話が多かった。

ところが、元気印のお隣の中国などは、
「デザイナー急募」というケースは多いと聞く。
先日も、台湾生まれの女性で、カナダの大学を出て、
米国企業で働いていたがリストラに遭ったため、
再就職したいと弊社に打診があった。
中国・北京の提携会社で転職先を探してもらっているが、
脈はあるらしい。

彼女の場合、世界が職場である。
国は問わず、世界中から職場をチョイスする、
グローバル時代のグローバルデザイナーと言えよう。

台湾生まれで母国語は中国語、カナダでは英語。
日本語は出来ないが、2ヶ国語が堪能なら、
どこでも働けるのがデザイナー職。

グローバルデザイナーを目指すなら、
「武者修行」をも含めて、世界が職場という考え方で、
どこへでも行き、トライしてみるという生き方もある。
考えてみたい。

(K.K.)


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2010年10月28日

報道と現実

先週のこと、「中国3都市 反日デモ数千人規模 ヨーカ堂、客避難」
と朝日新聞の大きな一面記事を手にしながら、北京に向かった。
仕事だとはいえ、物騒なところに出張するのは危険だと、
キャンセルが出たとみえて、機内は空席が目立っていた。
尖閣諸島問題を巡り、大規模な反日デモは、
まだまだ各地で続いているというのである。

首都・北京はどうか。
4~5日の滞在だったが、物騒なことは何ひとつ目にしなかった。
むしろ、中国人のサービス精神が目立ち、嬉しい思いをした。
連れがバドミントンコーチだということも幸いし、
中華料理店前の路上で、子供や大人たちと打ち合って楽しんだりもした。

香港から来た友人との夕食を、どこで食べるか迷った末、
バドミントンを共に楽しんだ中華料理店に行ったのだが、
実にサービス精神旺盛で、お勘定の後、お土産まで頂いた。
路上バドミントンとはいえ、スポーツには国境が無いことを肌で感じた。

「13億もいると、変なやつもいるよ」とは、北京の友人の弁。
日本のマスコミの反日デモの記事はどこまで本当か、
全体像を正しく捉えているのか、しばし疑っている。

(K.K.)


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2010年10月19日

グッドデザイン賞の変り種

連休の合間の今月10日、宇都宮市にて受賞記念パーティーがあった。
友人であり、Graphicman主宰である坂本廣樹氏がプロデューサーとなった
プロジェクト『ファーストライアスロン』がグッドデザイン賞を受賞したのだ。

『ファーストライアスロン』は、トライアスロンの過酷な距離や運動量を、
最も負担のない楽しめるサイズにしたもの。
トライアスロンというバランスの良いスポーツ事業の推進や運営まで
トータルでスポーツのデザインがなされている。

以下、受賞の弁。

『受賞内容は、「ファーストライアスロン」です。
 これは「スポーツクラブで完走できるトライアスロン」という主旨で、
 スポーツとコミュニケーションのデザインで、
 日本のデザイン界に新たな1ページとして評価されました。
 こうして受賞できましたのも、いつも多くのご支援をくださいます、
 あなた様のお陰と心に深く感じ、ここに厚くお礼申し上げます。』

パーティーでは、来賓のあいさつの後、突然、私に乾杯の音頭が廻ってきた。
手短かに彼との出会いなどを話し、ひと言「おめでとう、乾杯!」と締めた。

お祝いの席での挨拶は、短く気の利いたものが「グッドデザイン」であろう。
私の乾杯の音頭は、どうだっただろうか…。


■「ファーストライアスロン」展示

・東京ミッドタウン・デザインパブ第24回企画展
 GOOD DESIGN EXHIBITION  2010
・会期:10/8-12/5 11:00-19:00
・会場:東京ミッドタウン・デザインパブ

(K.K.)


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2010年10月13日

ゲームクリエイターとアニメ監督

世界的ゲームクリエイターである宮本茂氏。
2009年には、「世界中のゲームクリエイター9,000人の
1/3から支持されたヒーロー」にもなった。

その宮本氏が考える、「万人向け」という制作思想を
尊敬しているという映画監督の細田守氏。
『時をかける少女』『サマーウォーズ』などの監督である。

先日、年1回の大学の同窓会・総会の後、
この二人のトークショーを聴いた。

全校生徒400人足らずの地方の大学こと、
学生と教員の距離はとても近く、当日も恩師が出席していた。
小さな学校から、大きなクリエイターが育ったルーツは?という問いに、
宮本茂氏は、「田んぼの中の魚の手づかみ感覚」や「田舎の原風景」が
ファミコンの原点、あくまでもファミリー感覚でゲームを考え、
決して、「子供用には作らない」と話されていたのは印象的だった。

一方のアニメ監督の細田氏も、日本のアニメは、
世界の真ん中にあるのでなく、片隅にあると謙虚に話され、
どんどん自分で描く世界に邁進したいと、
アニメ作家の一面をも語っていた。

偶然、2人とも大学は留年組。
大学では、思う存分「青春をエンジョイした」のが、
大きなクリエイターのルーツなのだろうか。考えさせられる。

お二人の今後の地球規模の活躍が期待される。

(K.K.)


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2010年10月05日

都市型農業体験

『かわさきコンテンツアワード2010』の農業体験に参加してみた。

このアワードは、川崎市内産の農産物を販売促進するための
アイデアや映像、キャラクターなどのコンテンツを募集するもので、
今回の農業体験は、生産者の現場を訪ね、実体験することで、
応募アイデアの源にして欲しいという趣旨だった。

当日は、あいにくの雨にもかかわらず、定員20名が全員参加。
市の職員の案内で、川崎市内のハウス農家を訪れた。

参加者は、若いクリエーターが多く、コンペにつながる
この農業体験には、真剣そのもの。
いろんな質問が飛び交い、今回のこの「市場調査」は、
彼らのアイデア源になること間違いなしだと思った。

日本の農業人口も、過疎・高齢化が進み、
担い手不足で、遊休農地は増大を続けている。

一方で、都市に住む人には、自然や田舎暮らしへの憧れがある。
ここ川崎市でも、都市と都市型農業の交流は、企画力や伝達力、
マーケティングの知識、すべてのビジネススキルなくして、
明日の農業はないという現実を見た。

現に、若いデザイナーのクリエーティブなアイデアが求められている。
農業分野でも、デザイナーの出番があり、デザイナーの裾野が
広がりつつあることを知ったのが、大きな収穫だった。

(K.K.)


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2010年09月28日

プレゼン力

『2006年、2度目の挑戦となる英国のガーデニング展
 「チェルシー・フラワー・ショー」で、初の金メダル。
 そして翌'07年、'08年と、部門を替えて3年連続で金を獲得した
 庭園デザイナー・石原和幸さんの弁に、
 チェルシーで痛いほど感じたのは、プレゼンテーション能力の大事さです。
 「その庭が世の中になぜ必要なのか」
 そんな質問に、しっかりした答えを用意できなければ、
 評価され、審査に勝ち残ることはできない。
 そしてプレゼン力は、僕らの会社の仕事にも大事なことと分かりました。』
(日本経済新聞'10.09.24付より抜粋)

ガーデニングの世界でも、プレゼンテーション能力が必須、
そのことを英国で学んだとある。
人生のいろいろな分野で、プレゼン力は必要とされるのだ。

デザインの世界も全く同様。
デザイナーでいえば、絵で表現できるのは、
プレゼンにおいては、すばらしい技術で、
どの分野の人にも負けない強みだと思う。
精進したい。

(K.K.)


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2010年09月22日

仕組みづくりデザイナー

「デザイナーよ、大志を抱け」と、大先輩から教わって久しいが、
今時、こんなことを口にする先輩はいない。
大企業でも、中小企業でも、皆、平等に、デザイナーはサラリーマン化し
日々、それぞれが業務に励んでいる。

それはそれで平和でいいのだろうが、先日会った、元デザイナーは、
人生半ばで、営業職に抜擢され、
定年後も、「川上から川下まで絵が描けるデザイナー」として、
イキイキと、人生の『仕組みづくりデザイナー』として活躍していた。

脱サラして、飲食店を経営したいと願う人には、
会社を興すことから、資金融資や、創業のノウハウすべてを、
セミナー通じ、また、マンツーマンでも教えている。
単なる絵描きではなく、人生の『仕組み』すべてをトータルとして、
事業の「絵」を描くことをビジネスにしているのである。

元デザイナーであり、営業職の経験もあり、
そうした全てを含めた幅広い領域での活躍に、定年はない。
ノウハウ稼業であるから、
これからのデザイナー向きの職業でもあるように思った。
一考に値する。

(K.K.)


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2010年09月14日

「師」と「ファン」

プロダクトデザイン界は、このところ覇気がない。
ヒット商品がないのも原因だろうが、追いつき追い越せという
競争・成長の時代を卒業し、ひたすら安定感に漬かっている様にもみえる。

昔は、一世を風靡したデザイナーには、若者があこがれ、師として尊敬し、
ひたすら学んだように思うが、今は、事情が違うようだ。

昨今は、師として「尊敬する」「学ぶ」というよりは、
そのデザイナーの「ファン」として、ただただ、追いかけている節がある。
例えるなら、「宝塚ファン」と似ているのである。

師と仰いでいた時代には、あこがれの先輩に追いつき追い越せ!
というムードが漂っていたが、このところ、プロダクトデザイナーは、
そんな先輩のいちファンであることに満足しているように私には見える。

プロダクトデザイン界を辛口な視点で見れば見るほど、
この不況時にこそ、デザイナーは、自分で自分の殻を破る、
何かにトライする良い時期でもあり、
今こそ、階段を一つ上ることを考えるべきと、私は思う。

(K.K.)


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2010年09月07日

デザイナーと年齢

「21歳香川 成長の一発」
「30歳ビーナス 楽々4回戦へ」
「山本昌 最年長完封45歳 60年ぶり更新」

先日、日曜日の朝刊の見出しの数々である。
サッカー、テニス、野球の選手は、皆年齢で評価されているようで気になった。
スポーツは体力というが、ここまであからさまに年齢で評価するのもどうかと思う。

デザイナー界では、例えば、世界的に有名なファッションデザイナーである
コシノヒロコ氏を年齢で評価するだろうか?
デザイナーは、決して年齢ではなく、その作品で評価すべきことを
皆は、当然のように知っているのである。

我々デザイン界で生きている者も、音楽、絵画など芸術と名のつく世界の者も、
あまり年齢にはこだわらない。
今は盛んに年齢で評価されるスポーツ界も、長寿国と言われるわが国では、
評価のものさしを変えるべきと思った。

(K.K.)


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2010年08月31日

北京・798芸術区散策

中国の首都は北京だということは、小学校高学年の子供なら知っている。
では、中国の総人口13億人のうち、一番人口の多い都市はというと、難しい。
答えは、北京ではないのである。
一番は重慶という都市で、約3,000万人、
二番目が、今、万博開催中の上海で2,000万人、
三番目が首都・北京で、1,300万人位だという。
因みに、東京は1,200万人である。

先週、その首都・北京で、「おしゃれカルチャースポット」散策を試みた。
1950年代、旧ソ連や東ドイツの技術援助で建設された
電子工業の国営工場地区は、1990年代の市場経済化で
軒並み業績が悪化していった。
2001年頃から、その廃墟となった工場跡に、中国人アーティストらが
多く住み着くようになり、アトリエや画廊として使われるようになった。
それが、『798芸術区』である。

文革当時のスローガンをそのまま活かした工場の一室に、
巨大なオブジェを飾るなど、アーティストらは、
競って創造性豊かな空間を演出している。
また、おしゃれな店やレストランもあり、
カルチャースポットとして有名になった新名所。
無料で、車も自由に入れるが、その規模の大きさには驚く。
しっかり見て廻り楽しもうとすると、丸一日は必要だ。
使われなくなった工場の煙突や配管、機械、工具などを借景に、
モダンアートを展示しているといった、心憎い演出もある。

アーティストやデザイナーの卵には、是非覗いてみることを勧めたい。
ルーツは、ニューヨークのソーホー地区と見たが、いかに。

(K.K.)


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2010年08月20日

夢栗愛(めぐりあい)

久しぶりに、田舎に帰省した。
飛行機では1時間足らずのところを、若者のように、
JRの「青春18きっぷ」を使い、鈍行で10時間以上かけて往復した。

行きは、夜行列車を使って乗り継ぎ4回、10時間。
帰りは、朝6時に発ち、実に7回乗り換えて、
自宅にたどり着いたのは午後6時だった。
長期休暇をいただいたことに感謝しながら、
往復2日間、車中の人となり、余裕あるリッチな旅を楽しんだ。

お墓参りや市内散策をし、デジカメをフルに使って故郷を満喫。
中でも、中学卒業以来、会ったことがなかった同窓生に
再会できたことは嬉しかった。
男女5人が駆けつけてくれ、2時間近くお茶を飲みながら話した。
半世紀近くのご無沙汰になるから、「加齢」を感じて
涙ぐむしかないかと思いきや、青春の思い出で話が弾み、
言いようもないほど楽しかった。

そして、帰り際に彼らから頂いた栗入りお菓子のネーミングが、
「夢栗愛(めぐりあい)」。
何とも青春のほろ苦さが漂うような名前でないか。
往復2日間かけて帰省した私へのプレゼントでもあるように思えた。
コピーライターも良い職業だなと改めて思う。ここでも感謝。

注:「青春18きっぷ」は、夏休みや春休みなどの限定期間で、
  乗車日当日限り有効の、普通列車のみに使えるJR切符。

(K.K.)


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2010年08月10日

プロダクトデザイン検定制度

医師、建築家、税理士など、沢山の職業で、国家資格制度があるが、
どうしたことか、プロダクトデザインやグラフィックデザインには、
国家資格制度が無かった。
そこで、数年前、JIDA(社団法人日本インダストリアルデザイナー協会)で
資格制度を作るべくプロジェクトが発足した。
そして今年7月より、JIDAではプロダクトデザイン検定制度をスタートさせた。
資格は、1級と2級の2段階、スタートとなる今年は、基本的な知識と技術を
理解していることを資格レベルとする2級から開始するとのこと。
検定問題は、昨年刊行されたJIDA編纂の書籍「プロダクトデザイン」の
内容から出題される予定だそうだ。
(プロダクトデザイン検定トライアル説明会より)

国家資格制度がなくとも、各自が「デザイナー」を名乗れば、
一億総デザイナーにもなれるデザイン界。
果たして、プロダクトデザイン検定に受かっても、
就職材料として役に立つのかということを疑問視する人もあるが、
何事も、試みないと分からないことが多いのだし、
「考えながら走り、走りながら考え、修正していく」ことで良いのではないか。
種を蒔かないと芽が出ないのだと、私は思う。

(K.K.)


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2010年08月03日

女性デザイナーの強さ

自分の小遣いをつぎ込んででも、海外短期留学などに出るのは、
私の知る限り、昨今は女性が多い。
なぜだろうと考えることがある。

彼女たちは、10年近く同じ職場で働き続け、
あるとき、ふと、この専門分野で、このままで生きることがいいのだろうか
と疑問を持つと、すぐに行動に移せるエネルギーを持っているのだ。
留学先で、日本人の経営する会社に就職したデザイナーもいたが、
多くは、就労ビザの関係もあり、日本で再就職するため、
当社に相談に来るケースが多い。
短期留学が故に、語学力が今ひとつだが、日常会話ぐらいは大丈夫だ。

不幸にして、今はこの手のエネルギーある女性を
受け入れてくれる職場は皆無に等しいのだが、
昨今、上場企業の収益が急回復しているニュースを聞けば、
そろそろ戦力として採用する企業が現れてしかるべきとも思う。

新興国効果が経常益を増やしているというからには、
なおさら海外経験が役に立つはずだ。
一考したい。

(K.K.)


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2010年07月27日

パリ祭

7月14日は、フランス革命記念日。
敗戦から2年後、この日、たまたま会場があいていたので、
日本で初めてリサイタルを開いた、シャンソン歌手の石井好子さん。
「パリ祭」と呼ばれたその日が、石井好子さんの代名詞になった。
若き石井さんが名を成していくさまは、戦後日本が立ち直っていく姿と
みごとに重なる、と日経新聞の「春秋」が記している。

その石井好子さんに20年程前、一度だけお会いしたことがある。
確か、漫画家・横山隆一さん宅のお花見の席だった。
当方、音楽、シャンソンなどには興味がない「デザイン馬鹿」ゆえ、
横で、温和なきれいな人だなあと、お話を伺っていたに過ぎない。
今思えば、もったいない話だ。

その2年後、フランスに出かける機会に恵まれ、
良くシャンソンを耳にするようになったから不思議。
食わず嫌いが故に、大きなものを見落とすとは、昨今の私の反省の弁。
日本の「パリ祭」を育てた恩人として、記憶に残る人を失った。合掌。

(K.K.)


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2010年07月21日

天国と地獄

週末は、連休を思い切り楽しんだ。
週明け、会社に出ようとしたら、首が廻らなく、
首の周りが強度の痛みに襲われ、動けなくなった。
脳梗塞の前兆かもしれない、と救急病院に行くはめになった。
家族の車に乗せられても、車の発進、停車のたびに、
ものすごく首は痛いのである。
まるで、ムチ打ち症の痛みでは?と思うぐらい痛い。

保険証を提示し、簡単な問診を書くと、
すぐに救急の先生が診てくれるという。ありがたい。
しかし、診察室7番ですよと言われても、
首を動かせないから番号が読めない。
すかさず「読めないです」というと、親切に診察室まで付き添ってくれる。
簡単な診察の後、レントゲン室を教えてもらうが、
またしても部屋の表示が読めないので、先生に付いてきてもらう。

床にも番号や案内があれば、這ってでも行けるのに…。
どの案内表示にも、ユニバーサルデザインのかけらもないのに驚く。

レントゲン結果を診ながら、頭や骨に異常なし、筋肉痛ですねと、
何とも簡単に飲み薬とシップ剤が出ることになった。
会計を済ませ、薬を持って帰って下さいと、窓口番号を言われても、
またまた動かない首では読めないので、事務の人に助けてもらう。

結局、この激痛は、連休の一年振りのゴルフの後遺症と分かり、納得。
ゴルフを満喫した連休と、その後の首の激痛は、まさに「天国と地獄」。
準備運動もしないでラウンドしたのが大きな間違いと、猛反省。

それにしても、こんな大病院でも、ユニバーサルデザイン感覚が
乏しいことが分かり、がっかりすると共に、デザイナーの活躍する場が、
まだまだこんなところにもあると思った。

(K.K.)


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2010年07月13日

世界共通語

「サッカーのワールドカップは世界共通語。もっと楽しもう」と、
どこかの新聞が書いていた。
世界のほとんどの国で盛んなスポーツだけあり、世論の盛り上がりは凄い。
日本も、8強は逃したが、号外が出たほどで、
参院選よりも国民の関心が集まっていたように思った。

7、8年前、スペインはマドーリードのデパートで目にした、
子供達のサッカーボール遊びを、つい思い出した。
売り場には、サンプルとして自由に遊べるボールが置いてあるから、
彼らは、売り場で所狭しと蹴って楽しんでいるのにはびっくりした。

小さな子が、巧みに操るボールを、感心して見ていたことを思い出し、
スペインのW杯初優勝は、遅いぐらいだとも思った。
あのぐらい、サッカーが盛んな国であれば、世界一にもなれるというもの。
「好きこそ物の上手」というわけだ。

次回2014年は、64年ぶりにブラジルで開催される。
地球の反対側で行われる大会で、日本はどこまで戦えるのか。
サッカーファンではない私であるが、今から楽しみである。

(K.K.)


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2010年07月06日

職場教育

転職のお世話をしていると、求職者には、デザイナーとしての
実務経験の豊かさが求められる場面が、少なからずある。

先日も、ある企業に面接に行ったプロダクトデザイナーが、
残念ながら採用に至らなかった。
デザイン部門からのアウトプットを、設計部門がどうやって
製品化につなげるかという、設計・製造工程の知識が乏しいから、
というのが、その理由だった。

彼には「第二新卒」な寄り道が多く、実務経験が少ないことは、
こちらも十分わかっていたが、望みとしては、
「職場教育」で育てて欲しい、育てる価値がある『人財』である
ことを見込んでの推薦だった。
しかし、「弊社では、30歳を超えたデザイナーを一から育てる
余裕も、時間も、ありません」との返事だった。

今は、昔のような丁稚奉公的なカタチで、デザイナーの面倒を
見てくれるデザイン事務所も無く、企業とて、職場教育で
デザイナーを育てる余裕も無いとしたら、
人材教育、デザイナー教育の将来は暗い。

社会も、企業も、今だからこそ「ものづくりの原点に戻って、
クリエーターをどう育てるか」に真剣に取り組まないと、
ものづくり・日本の将来はないように思う。
淋しい話で恐縮だが。

(K.K.)


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2010年06月29日

iPadはユニバーサルデザインか

『革命的で魔法のようなデバイス。しかも、信じられない価格で。』
『ウエブ、メール、写真、ビデオを体験する最高の方法です。』
『大きく美しいマルチタッチスクリーンで、
 指先で触れるだけですべてが楽しめます。』

これは全て、iPadの宣伝文句。
ここまで、カタログに書ける商品も珍しいと思い、ご紹介した。

ところで、ユニバーサルデザインとは、ご存知、文化、言語、
国籍、老若男女といった差異、障害、能力の如何を問わず
利用することが出来る施設、製品、情報の設計(デザイン)をいう。

ユニバーサルデザインの7原則とは、
1)どんな人でも公平に使えること。
2)使う上で自由度が高いこと。
3)使い方が簡単で、すぐに分かること。
4)必要な情報がすぐに分かること。
5)うっかりミスが危険につながらないこと。
6)身体への負担が軽いこと(弱い力で使えること)。
7)接近や利用するための十分な大きさと空間を確保できること。

iPadを使い出した友人曰く、
「これぞユニバーサルデザインの7原則を超えたベスト商品」
だという。
嘘か真かは、ご自身で手にとって見て確かめて欲しい。

(K.K.)


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2010年06月22日

病院のユニバーサルデザイン

脳梗塞で倒れてリハビリ中の友人を、仲間数人で見舞った。
スマートで温厚、彼ほど健康な人はいないと思っていただけに、
倒れたと聞いたときのショックは大きかった。
6ヶ月近くたった今でも、右半身は麻痺しており、
リハビリには、まだまだ時間がかかる。
それでも、「命拾いした」とは本人の弁。

今回、リハビリの病院をはじめて訪れ、ユニバーサルデザインが
どこまで浸透しているのか、少し覗いて来たので記したい。

玄関を入ってすぐの受付は、パソコンが十数台並んだオフィス。
オペレーターの女性が目に入る。病院とは思えない風景だ。
受付で友人のいる病棟を教えてもらったのだが、
病室を探し当てるのは、やはり、看護婦さんに聞くのが早い。
病室は、個室ではないから、人の出入りが激しく、落ち着かない。
廊下には、手すりがついていて、患者さんの毎日のリハビリの場所、
車椅子の人のリハビリが目に付く。
昼近くだったこともあり、同じフロアの食堂も活気がある。

そこは、まさに「日常」。
ざわざわした空気だったのには、驚いた。
今流行の「癒し」だとかはどこにもない。
病院にとってのユニバーサルデザインとは何なのか、
しばし考えさせられた。

(K.K.)


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2010年06月15日

お客様は優等生

頭の良い人は、メモは取らない。
覚えられるから、メモを取る必要がない。
しかし、当方は頭が悪いときているから、
昨今は、色数の多いボールペンで、やたらメモを取っている。
その結果、ボールペンの替芯をよく買い求めることになる。

先日も、黒と赤がなくなったので、売り場で探すが分からない。
以前使ったパッケージを持参したのに、見つからないのだ。
そこで、お店の人に頼むと、これですよと探してくれた。
ラベルがモデルチェンジしていて、気付かなかったのだ。

そこまで気付かず、お手数かけてごめんなさいと言うと、
「いや、お客様は優等生ですよ」と言われた。
「以前のパッケージをお持ちになったのですから」と。
細かなボールペンの番号をみて、替芯を探し当てるのは、
販売員とて難しい、よって、前のパッケージ持参のお客様は、
我々から見ると「優等生」ですよ、と再度褒められる。

誰にでも使いやすい商品を求めて、ユニバーサルデザインが
声高に叫ばれていても、この分野にまで浸透していない現実を見て、
デザイナーの役割も、まだまだたくさんあると思った。

(K.K.)


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2010年06月08日

手描きスケッチ

以前から、デザインは楽しく学ぶことだと思っている。
学ぶことに、楽しさなんてあるのかと、受験生諸君からは
反論がありそうだが、やはりデザインは、楽しくなければ
学ぶ価値がないようにも思う。

先日、若いデザイナーに、イタリアのデザイナーの
ボールペンで描いた一枚の手描きのスケッチを見せ、
ここまで描けるかと投げかけたところ、しばし沈黙してしまった。
そして、彼曰く、今は簡単に手描きし、スキャンし、
フォットショップで色をつけて仕上げるから、
スケッチなどに時間を割けないという。
また、ボールペンでの手描きスケッチも、
見たことがないというのには驚いた。

ここまで能率主義が徹底しているのも、悪いことではない。
しかし、手描きはデザイナーの原点というべきものであり、
こうした手描きのアイデアスケッチの良し悪しで
採用が決まることがあるのだ。
そう伝えると、彼は、ここまで描けるように勉強したいと、
そのボールペンで手描きされた一枚のスケッチを持ち帰った。

手描きのアイデアスケッチの楽しさを知らないコンピュータ世代が、
日本にも、どんどん増えているのだと実感した日だった。
と同時に、チャレンジする若者もいることに安堵した日でもあった。

(K.K.)


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2010年06月07日

古本のマーケティング

わが町内の月曜日は、資源ゴミの回収から始まる。
土日で剪定した枝葉や、ダンボール、古本、新聞紙も出せるので、
それらを集積所へ出すのが、週初めの私の日課になっている。

しかし、その中でも、古本を出すのは苦手である。
両手で持てるだけ持ち込んでも、古本屋での買取価格は
500円にもならないから、交通費も出ない。
ならば、資源ゴミに出せば良いとは思うのだが、
本は、愛着があり、捨てにくいのである。

毎週行く古本屋に、105円で、
『日本のモノづくりは世界のお手本なんです。』
という立派な本が並んでいたので手に取った。
10年前に発行された本だが、読み応えがある。
それが105円である。
かねがね、「古本のマーケティング」はどうなっているのか
疑問に思っていたが、安く仕入れて、安く売る、
ビジネスの基本ができているのである。

古本には、一行でも役立つフレーズがあれば、良し。
今後、リサイクルのマーケティングも、更に盛んになること間違いなし。
そう思いませんか。

(K.K.)


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2010年06月01日

お祝いのアイデア

「通過儀礼」。
人が一生のうちに経験する、誕生・成年・結婚・死亡など、
年齢的に重要な節目にあたって行われる儀礼。(大辞泉より)

長く生きていれば、何度も経験するこの言葉だが、
自分のこととなると、やはり少し緊張する。
先日、私の誕生日に、子供達からTシャツのプレゼントがあった。
家族全員がそれを着て祝ってくれ、
記念撮影には、プロのカメラマンも呼んであったのには驚いた。
しかも、Tシャツの図柄は、忘れかけていた10年前に描いた
私の一枚の絵手紙をモチーフにしたもので、とても感動した。

「お祝いのアイデア」としては、とても面白いと思った。
私の趣味の絵手紙は、健康で、若さを保つ秘訣であることを、
このTシャツは、思い出させてくれたのだ。

離れて暮らす家族にも、皆、メールで礼状を出した。

「Tシャツは私の宝物になり、わが家に金庫があれば保管したいですが、
 あいにく、ありませんから、夏、せいぜい着ることにします。
 皆で考えた演出には、頭が下がりました。
 やはり、贈り物は、クリエイティブなものは一番嬉しいですね。
 Tシャツアのアイデアは、久しぶりに光っていましたから、
 次回、私の絵手紙の材料に使わせてもらいます。
 ありがとう。感謝。謝謝。」

(K.K.)


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2010年05月25日

迷ったら歴史に学ぶ

先日、韓国のサムスングループは、
900人ものデザイナーを抱える会社だと書いた。
日本のP社、S社に追いつき、追い越せで、
ここまで来たことは、周知の通りである。

さて、追い越された日本の今後は、どうするか。
こんなときは、デザイナーの誕生、歴史に学ぶことだと思う。

というのは、このごろ会う若い人は、ネットなどを良く見ている割に、
デザインの歴史に弱いと感じるからだ。
例えば、亀倉雄作、福田繁雄、ワルター・グロピウス(ドイツ/1883-1969)
などの名前を知らないのだ。
知ろうとしないのか、誰も教えていないのか分からないが、
彼らは、デザイン分野の草分け的クリエイター、苦労人である。
ドイツ人建築家であるワルター・グロピウスなどは、
近代デザインの生みの親ともいうべき人なのだ。

デザインで迷ったら、ときには歴史を紐解き、歴史に学ぶことも必要だ。
その中から、明日が見えてくることもある。

(K.K.)


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2010年05月18日

デザインの力

韓国サムスングループは、900人ものデザイナーを抱える会社と聞いて驚いた。
さらに、2万人の社員に、英語、中国語、日本語の語学研修を実践しているという。
(2010年4月28日付 日経産業新聞より)

なるほど、サムスンの強さの秘密がこのあたりにあるのか。
グループ全体で27万人の社員を抱え、年間売上高は約16兆円(日本円)、
10年後の売上高を現在の3.5倍、37兆5千億円にする目標という。
すさまじいグローバル企業である。
この企業と戦えるのは、日本ではP社、S社ぐらいといわれる所以である。

どうして強くなったのか。
30年程前の話として、オーナーは、「売れ残り、在庫の山」を見て、
これからはデザインだ、差別化だと、デザインに力を入れたと語っている。
デザインには、魅力という武器があることを知ったオーナーは只者ではない。
時代を観る目があったのである。

戦後の日本の歴史も、これを毎度繰り返してきた。
自動車しかり、家電しかりである。
ただ、このところマンネリ化し、挑戦する力を失っただけであって、
日本人の底力のすごさは、皆知っているはずだ。
その底力、エネルギーを取り戻すのは、やはりデザインの役割だ。
デザイナーとデザイン部門の奮起を期待したい。

(K.K.)


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2010年05月11日

小国スウェーデンに学ぶ

人口930万人の小国、スウェーデンが生き残る道は、輸出の拡大と
経済の対外開放、外国投資の呼び込み以外にない。
倒産・解雇が当たり前という厳しい側面を持つスウェーデンでは、
雇用責任は企業でなく政府にある。
スウェーデンの福祉・社会保障制度政策は、「雇用や仕事を守る」
といった欧州大陸型の理念でなく、「人間を守る」ことが基本理念である。
斜陽産業であっても倒産を防ぐことに金を費やすのではなく、
倒産を通じて構造転換を促進させることに金をかけるべき哲学だ。
その代わり、労働者には教育・訓練によって新しい仕事に就ける
能力を身につけさせる。これは労働の質を高める重要な人的投資
と位置づけられている。
(『エコノミスト』5月18号、エコノミストリポートより抜粋)

このところ、日本のデザイン事務所は元気がない。
仕事がないから簡単にデザイナーを解雇し、
事務所を閉じるケースが目立つ。
毎日、小さな会社が倒産しているのであるが、
デザインが斜陽産業であるとは、誰も思っていない。
だとしたら、上記の
「倒産を通じて構造転換を促進させる」
「その代わり、労働者には教育・訓練によって新しい仕事に
就ける能力を身につけさせる。
これは労働の質を高める重要な人的投資と位置づけられている。」
という考え方は、スウェーデンに学びたいものだ。

期せずして、今、川崎市では、「かわさき基準」の理念を活かした
新しい人材育成による福祉産業の振興と雇用の創造を目指し、
(1)福祉ものづくり学科
(2)福祉サービス学科
(3)福祉マネジメント学科
で無料で学べるサポートを始めている。
http://kis-plus.jp/

この事業は、厚生労働省の地域雇用創造推進事業として実施。
ご参考までに。

(K.K.)


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2010年04月27日

ユニバーサルデザインの必要性

久しぶりに晴れると、誰となく「動物園にでも行こう」と思うらしく、
この日曜日の上野動物園は、朝から賑わっていた。
120年以上の伝統を持つ東京の動物園だけあり、
迷子対策として、入り口近くで幼児に名札をつけるサービスもあり、
園内の地図も配られ、トイレの数も多く、散策しやすくなっている。

ところが、「象さんを見たい、キリンさんを見たい、お猿さんを見たい」
という幼児達には、地図を見ることが出来ず、
さりとて、親が見ても標識もまばらで、場所が探しにくい。

1980-1990年代に、米国のロナルド・メイスによって、
バリアフリーのデザインの概念をさらに広げる意味で、
ユニバーサルデザインの必要性が提唱され、定着が進んでいるが、
この動物園で見る限り、今ひとつ浸透していないように思えた。

例えば、迷子対策として幼児につける名札も、
ピンも、マジックテープもないので、ポケットに入れるか、
靴の中にでも挟んでください、という程度で、
もう少し何か、アイデアが足りない気がした。

最近の病院に見られる例を挙げれば、入院患者へのお見舞いは、
外科であればブルーの線をたどって歩けば、簡単に外科病棟に着くなど、
色を使った案内が工夫されていたりする。
「キリンを見たい」という幼児には、黄色の線や、黄色の標識で
探し当てることが出来る工夫などあれば、探す楽しみも倍加するだろう。

伝統ある動物園だけに、その伝統が、逆にユニバーサルデザインを始め
様々な工夫を妨げているのだとしたら、人気、集客という点で、
北海道・旭山動物園などに負けるのは当然である。

(K.K.)


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2010年04月20日

ネットワーク

先週は、駆け足で香港、トンガン、上海と出張した。
短い滞在時間でも、各地に友人がいると、
かなり充実した時間が持てるので嬉しい。
上海万博前の会場の様子も、高速道路から見た。

上海に赴任中の友人からは、「また、お会いしましたね」
という挨拶と、「奇縁ですね」という言葉が飛び出した。
彼とは、こちらが日本での転職をお世話した縁で、
上海赴任前にも、弊社に挨拶に来てくれた間柄であり、
今では上海で、私の友人の「飲み仲間」に入っている。

彼からは、毎月、日本人デザイナー仲間の飲み会があると聞いた。
その飲み会では、大学の同級生とも20年ぶりに再会したというから、
これまた奇縁。
飲みながら情報交換ができる、この会を大事にしているという。
どこにいても、デザイナーのネットワーク構築は、必須。
特に、我々日本人は、中国語の世界は、どうしても苦手だ。
ネットワークを通じて、様々な情報を得ておくことが必要になる。

上海の彼は、職場で毎日、カタコト英語で仕事をしているが、
やはり中国語が必要というので、夜間語学学校に通いだしたという。
「必要は発明の母」というから、彼の中国語は上達間違いなし。
次に会うときは、彼の中国語通訳で上海を案内してもらえることを
期待して別れた。

(K.K.)


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2010年04月13日

日本のお花見文化

上海の友人から聞いた話だが、驚いたことに、今年は上海から
「日本にお花見に行こう」という旅行企画ができ、
かなりの中国人が、お花見に日本を訪れたという。
先日、上野のお花見に出かけたときに、その話を思い出し、
よく見てみると、確かに、かなりの数の外国人、中でも中国人が多かった。
過去最大規模という万博が開幕を待っている、その上海からの
お花見旅行。面白い現象だと思う。

ところで、昨今の日本のお花見文化の最大の特徴は、
ゴミの分別がすばらしく行き届いていることだと、上野にて確信した。
実にマナーが良く、気持ちがいい。
缶ビール片手の酔っ払いもいるが、彼らとて、缶は分別して捨てている。
すばらしいマナーだと思った。

ゴミの分別といえば、200年以上前から、フランス・パリなどでは
何でもゴミは下水に流し、それを集めた地下道で作業員がゴミの分別をしていた。
日本では、その作業員の仕事を、各自が責任を持って分別しているのだ。
こんな「日本のお花見文化」を目にした外国人は、
シートに座って宴会するという習慣を含め、軽いカルチャーショックだろう。
桜のお花見という、日本独特の文化は、やはり大事にしたいと思った。

(K.K.)


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2010年04月06日

スノーボード・ファッション

この土日、友人にお願いして、新潟県の妙高スキー場に
連れて行ってもらい、春スキーを楽しんだ。
スキー場をこの目で見るのも、1988年のカナダ・カルガリー
冬季オリンピックの頃以来であるから、年甲斐もなく興奮した。

先ず、若者のファッションがすごい。
スノーボードを操る若者は、すべてマスクで顔を隠し、
先日のオリンピックで物議を醸した某選手のような、
ダブダブのズボンを履き、ゲレンデを所狭しと滑っているのだ。
私など、帽子もかぶらず、素手でスキー場に出向いたくらいだったので、
正直、面食らった。

一旦引き返して、ファッションを整え、しかし、さすがに
スノーボードを借りる気力は無いから、友人に借りた
プラスチックのソリで、4、5回滑っただけだが、実に面白かった。
スノーボード・ファッションも、普段は、まるで宇宙人のようだと思っていたが、
雪の中で見ると、生き生きとした若者のレジャー姿に見え、
結構、サマになっていた。

思うに、先日のオリンピックで、某選手が物議を醸したことなどは、
ファッションに疎い大人の言い分であり、スキー場で見る限り、
彼らのファッションも実に良い。
ユニフォーム(制服)に拘る、自称「大人」も、時にはゲレンデで遊び、
「ファッション」=「デザイン」を、その現場で見て欲しいと思った。
彼らを白い目で見るのは、ファッション・デザインを理解できない
偏った「大人」であることを教えられた。

(K.K.)


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2010年03月31日

情報とアイデア

昨日、第86回かわさきデザインフォーラムで、
『私のビジネス創造、デザイン人生』と題する講演を聴いた。
講師は、元デザイナーで実業家、共同開発有限公司の会長であり、
(株)環境技研の社長、佐藤勝義氏。
氏は、日本・台湾・中国を行き来しながらビジネスを展開、
典型的な、「走りながら考え、考えながら走る」タイプ、
行動派のビジネスマンである。

その講演の中から、氏のユニークな情報の読み方をご紹介したい。
例えば、毎日の新聞を読みながら、気になる記事を見つけると、
「自分ならどうするか」と自問自答し、時にはアイデアスケッチするなど、
「情報とアイデア」の組み合わせを 日々試みているという。
その合間に、思いついたら携帯電話で部下に色々と調べるよう指示し、
情報の幅の広さと奥行きを自分流に確かなものにしている。

この日課が、自社商品として、携帯用心電計「ハートメモリー」の商品化と
日本市場での販売、そして福祉分野への進出にも貢献し、
氏の健康で元気なビジネスを形成しているのだろう。
「情報とアイデア」――自問自答する毎日に学びたい。

(K.K.)


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2010年03月24日

広報マンのマニラ便り

フィルピンのマニラ出張から帰った、広報マン・Kさんから、
出張中に撮ったというデジカメ写真を見せてもらった。

その中に、ジャトロファ(Jatropha)という、聞きなれない植物の写真があった。
今、バイオ燃料の救世主として注目を浴びているという。
その油は非食用のため、現在のバイオ燃料の主要油である、
菜種、大豆、パーム、ヒマワリなどとの競合がないからだ。
その栽培現場の写真を交えた報告であるから、説得力があった。
マニラから300キロ離れた地域で栽培されているという。

その地方の、貧しい農村地帯の子供達のごみ収集・分別作業の写真などは、
日本の戦後の姿を見ているようで、心が痛んだが、この地域で
ジャトロファ栽培が成功すれば、子供達が豊かになるそうだ。
是非成功して欲しいと思った。

世界中で、地球温暖化が重要視され、各国は化石燃料の消費を抑制し、
二酸化炭素排出量を減らそうというプロジェクトの一環として、
バイオ燃料の利用にも取り組んでいる。
そのことを広報マンのKさんは、新聞記者のように取材し、マスコミに流すという。
デザイナー出身でありながら、このような形で重要なプロジェクトに参加しているKさん。
その仲間たちも含め、まだまだ日本人も捨てたものではないと、
彼の話にいたく感動した。

(K.K.)


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2010年03月23日

技と匠の世界

先日、コンサルタント日記でご紹介した、名古屋の蕎麦打ち名人
(元・工業デザイナー)の技を見てください。

写真を見ても分からなくても普通。
分かる人は専門家だろうから、100人に1人だろう。

この手さばきで、蕎麦の麺の太さを調節しているのだ。
人間の技というのは、実に奥深い。
角度を変えることにより、麺の太さを決めるのだ。
お蕎麦類は、鋭角で、2ミリ幅ぐらいで細く切り、
きしめんのような幅広いものは、鈍角でセットし、垂直に切り落とす。
そのさじ加減が、時には神業にも見える「隠し技」である。

そのコツを知れば、職人さんの真似事ぐらいは、素人でも出来る。
器用なデザイナーならではの再就職として最適?
いやいや、匠の世界は、そんなに甘くはないだろう。

(K.K.)


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2010年03月16日

老舗のデザインポリシー

楽器の老舗メーカーY社が、銀座にホールを構えて半世紀が経った。
今年、ビルを新築し、そのオープンにあたっては、
様々なイベントが行われていた。

中でも、Y社デザイン研究所の「Yamaha Design Masterworks展」
(デザイン歴史展)は、ユニークで、すばらしく、見応えがあった。
新旧デザインを並べながら、技術とデザイン
(Technology, Form, Performance)の共生を見せてくれていた。
Y社のデザインポリシーが脈々と引き継がれ、
守られているのを実感できるように展示され、
デザイン研究所スタッフの丁寧な説明も良く、
私のような音感の悪い身にも、よく理解できた。
百聞は一見に如かずとは、このことをいうのだろう。

若い時、少しだけ楽器のデザインを齧ったことがあり、
何百年も続く楽器のデザインのモデルチェンジ、
マイナーチェンジの難しさを少しは知っているだけに、
この企業のデザイン研究に賭ける努力は賞賛に値すると思った。

時代と共に音楽も変わり、ライフスタイルも変わり、
それを背景にしながら、楽器も常に変化し、進化している。
地味に見える楽器にも、微妙な変化が求められ、研究されている。
その“努力展”とも見てとれた。

(K.K.)


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2010年03月09日

デザイナーの定年

デザイナーには、定年はあるのだろうかと考えることがある。
インハウスデザイナーは、60歳で定年が多いだろうが、
フリーデザイナーは、わが道を行くスタイルで、
60歳を過ぎても、デザイン界では活躍している。

先日、名古屋の友人夫妻が、泊り込みで遊びに来た。
彼も、インハウスデザイナーで、60歳定年組。
専門は、プロダクトデザインだ。
近くのコンビニの駐車場まで迎えに出たが、
二人乗りのスポーツカーで現れたのには驚いた。
まるで20代の恋人同士といった趣のドライブ姿には驚いた。
奥さんとは、25年ぶりの再会、積もる話は夜遅くまで続いた。

翌日の昼食は、彼の蕎麦打ちを披露してもらい、ご馳走になった。
蕎麦粉はもちろん、薬味から水まで、すべての道具を
スポーツカーに積み込み、名古屋から持って来てくれたのだ。
近くに住む知人も呼んだので、計5人前を2時間程かけての労作である。

その蕎麦打ちを見ていて、作り立てが一番美味しいことも実感した。
その味は、昔の田舎のおばあさんの、ぬくもりある蕎麦の味と、
どこか似ているのである。
手に職がある、おばあさんの伝統ある味がそこにあった。
伝統ある蕎麦打ちにチャレンジした彼の顔は、
現役時代のプロダクトデザイナーの生き生きした顔になっていた。
ものづくりの顔である。

やはり、デザイナーには定年が無い。
私は、そう思いたい。

(K.K.)


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2010年03月02日

「デザインで世界を変える」

先日、川崎和男講演会『デザインで世界を変える』にて、
久しぶりに、元気なデザインに接し、興奮した。

デザインディレクターであり、医学博士でもある彼が、
名古屋市立大学から、大阪大学大学院に移って久しい。
その間、彼は「デザインで世界を変える Peace-Keeping Design(PKD)」
運動を継続し、この講演会では、その骨子の説明と、彼がデザインした
数々の製品発表があった。

彼の事を書き出すと長くなるので割愛するが、
彼は、デザインディレクターとして、伝統工芸品から
メガネやコンピュータ、ロボット、原子力エネルギー、
人口臓器、先端医療……と、多様な分野で活躍し、
Newsweek日本版の「世界が尊敬する日本人100人」にも選ばれている。

デザインの持つ「理想を具体的に目に見える形で提案する力」を
最大限に活用し、プロジェクトでは、紛争地域における問題、衛生問題、
貧困問題、感染症問題、環境問題など、地球規模の解決困難な課題に
取り組んでいるのは凄い。
例えば、感染症問題解決のため、「ワクチン接種のデザインシステム」を提案し、
実践を目指していて、ワクチン接種に関する全プロセスについての
包括提案を行っている。
彼は、講演の中で、Ideaは思いつき、Thinkは思い込み、Designは思いやりだと言い、
Peace-Keeping Design運動にますます力を注ぐと述べていた。

彼には脱帽のみである。健康を祈る。

(K.K.)


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2010年02月23日

次なるテーマは…

わが街のシニア・パソコン教室で世話役をしてくれているTさんが、
突然、脳梗塞で倒れたと聞いて驚いた。
スマートな体型で、日頃から病気一つしたことが無いという、
健康体の見本のような人で、ゴルフもご一緒したことがあるだけに、
ショックが大きかった。
幸い発見が早く、救急車で運ばれ、治療が迅速にできたため、
回復は早く、「リハビリは3ヶ月ぐらい」と奥様に聞き、安心した。

そのこともあり、友人が主催する『健康医療講座 心臓フォーラム2010』を
受講してみた。
「あなたは心臓の病気の心配はありませんか?
 この機会に一度、専門医の話を聞きませんか」
というキャッチフレーズは、効いた。
心臓の鼓動がおかしい、突然動悸が、息苦しい、疲れやすいなど、
こんな体調の変化は、心臓病の症状であることが、しばしばあります、
とは、専門医であるN先生の弁。
N先生曰く、心臓が悪いと思って、心臓の専門医にのみに診てもらうより、
体全体を診れる、専門のお医者に掛かることが大事だそうだ。
「木を見て森を見ず」。
部分のみ診て診断をするお医者さんには気をつけたいと、自戒されていた。

健康なデザイナーからは、健康なるデザインが生まれる。
今般、大きな関心を集める環境問題。
その次に来る大きなテーマは、「健康」。間違いなし。

(K.K.)


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2010年02月16日

北京の友人からの年賀状

『明けまして、おめでとうございます!

 去年は良い種を蒔きましたので、今年は水や肥料を与えて、
 きれいな花を咲かせ、おいしい実を結ばせたいと思っています。
 今年は充実で成果豊かな一年になりますように
 頑張りたいと思います。どうぞ、よろしくお願いします。

 Mより(2010年02月14日)』

上記のメールは、中国・北京の友人から。
バレンタイン・デーだった2月14日は、旧暦の1月1日、今年の中国のお正月。
きれいな日本語で、彼の抱負が刻まれていたのでご紹介した。
彼からは、デザイン先進国・日本の、デザイン界の現状を教えて欲しいと
聞かれることが多い。
デザインや、そのほか全てのことを吸収しようという彼らのエネルギーは凄い。

立春をだいぶ過ぎてからの「お正月」は、我々、日本人にはピンとこないが、
華人が世界中で祝っているのをTVで見る限り、グローバルという言葉は、
中国人には、もうすでに身についているようだ。
今年は、不況でも、いや、不況だからこそ、会う人ごとに
「語学」や「デザイン力」をつけるように言っている。
もうひとつ、新年からの日記が「三日坊主」で終わってしまった皆さん、
旧暦からでも、日記に再チャレンジしてはどうだろう。

「我が生は淋しからずや日記買う  高浜虚子」

(K.K.)


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2010年02月10日

日本の問題点

友人に誘われて、日本香港協会主催の
「2010年 春節セミナー&春節パーティー」に行った。

遠藤滋氏の「日中共栄―華人経営に学ぶ」の講演の中で、
今の日本の問題点として、企業のグローバル化の遅れ、
国内経済の空洞化が挙げられていた。
非国際性、内向き、英語力、そして若者に元気がないことなど、
端的に指摘されてみると、全くデザイナーの世界にも当てはまる。
日本の居心地が良すぎるから、外に出る必要も無いし、
「鎖国がなぜ悪い」と居直れるのでないか。

ところが、香港は、アジアにあるグローバル拠点、
中国に根を持ち、西欧を取り入れた国際都市として繁栄していて、
好景気だというのである。
7、8年前までは、香港市内には、日本の家電関連企業の
看板が目白押しだったが、最近は皆無になっているという。

永い日中交流の歴史があり、日本と中国は隣国であり、
お互いに同文異種だという理解の下で、人間関係を基本に
ビジネスの再構築を考えるべきとの指摘は鋭い。

デザインのグローバル化も、遅れないものにしたい。

(K.K.)


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2010年02月02日

加齢の悲しみ

社会人になってからの「恩師」の死は悲しい。
期せずして、昨年末の名古屋出張の折、ご挨拶にと、
その恩師の自宅を訪れたのが、最後のお別れになってしまった。
少し足が弱っておられたが、私が昨年、中国に6回も足を運んだ話には
とても興味を持たれたようで、いろいろと質問なさっていた。
駄弁ったその一時間が楽しかっただけに、先日の訃報は身にしみて、
しばし頭が真っ白になった。

職場で直接の上司ではなかったが、趣味で水彩画を描かれることもあり、
趣味でのお付き合いが、彼との出会いであり、
私の下手な絵手紙を、喜んで貰ってくれる大先輩だった。

彼は、戦後シベリア抑留から生きて帰った一人で、
その体験は、大企業の番頭さんとしてもゆるぎない生活力を伴って、
我々を導いてくれた。
シベリア抑留のことを思えば、会社のどんな出来事も乗り越えられる、
という恩師の言葉は、脱サラして始めた私の小さな会社をも
支え続けてくれたといっても過言でない。
悲しみを乗り越える術を彼から教わったのだから。

彼、恩師の死は、加齢の悲しみとして、ずっと私の心に残ることだろうが、
最後にひとこと、「有難う」「謝、謝」。合掌。

向川原徳助さん、2010年1月没、享年86歳。

(K.K.)


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2010年01月26日

芸は身を助く

このところ、いつになったら景気が回復するのかと聞かれることが多い。
どこの新年会、賀詞交換会に出ても、明るい話が少ない。
景気とは、気の持ちようでもある。
気を良い方に傾ける努力をすべき時が、今のように思う。

ところで、「芸は身を助く」という諺がある。
一芸があれば、困窮した時も暮らしの助けになるという意味通り、
語学が堪能で、転職がスムースに決まったN君の例をご紹介したい。

先日、中国の実業家、トップ経営者が来日した折に、
アルバイトで通訳したことが縁で、彼は再就職が可能になった。
彼は米国生活が長く、英語が出来るのはもちろんだが、
中国語も学んでおり、英語と中国語、両方に堪能なところが見込まれ、
即、採用となったのだ。

デザイナーでも、1ヶ国語でも、2ヶ国語でも、語学が出来ると、鬼に金棒、
転職は、もっとスムースに出来るチャンスが増えるのは間違いない。
学ぶ事に、遅いということは無い。
思い切ってこの一月からでも、一芸の習得にチャレンジしたい。

(K.K.)


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2010年01月19日

続・柳宗理の薬缶


先週、グラフィックデザイナーの原研哉さんが、
今月号の岩波の『図書』で、「柳宗理の薬缶」について
すばらしいエッセイを書いているのを紹介した。
その続きは、『図書』でご確認いただくとして、
原さんが言いたかったこと、私なりの要点のみ記したい。

彼は、
「消費の欲求に駆られて、目を三角にして「新しさ」を
 追い求めてきた僕らのアタマが、少し平熱にもどって、
 まともに日常の周囲を見渡すゆとりができたということ
 ではないだろうか。」
と述べている。

私たちは、新興国の中国やインドと駆けっこすることなく、
いい製品を生む、育てる、それを愛でる時代に入って来た事を
彼は言いたかったのだろうと思う。

柳宗理(そうり、本名:むねみち)は、1915年生まれ、
日本における工業デザインのパイオニアである。
ユニークな形態と、意外な実用性を兼ね備えた作品が多く、
代表作に「バタフライ・スツール」がある。
実父は柳宗悦、祖父は柳楢悦。

昨日の、エントリーで紹介した、「日本民藝館」の創設者は、
彼の実父であり、柳宗理は私の大学の恩師でもある。
恩師の目は、日本の民芸の美を余すことなく吸収した目であった。
彼は、良いもの、きれいなものを常に見るように
我々を指導し続けたことを、ここでは記しておきたい。

(K.K.)


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2010年01月13日

柳宗理の薬缶

グラフィックデザイナーの原研哉さんが、岩波の『図書』今月号で、
「柳宗理の薬缶」について、すばらしいエッセイを書いているので紹介したい。

『柳宗理のデザインした日常品が静かに注目されている。
 たとえば薬缶。
 何の変哲もない普通の薬缶である。しかし実に堂々として、
 薬缶はやっぱりこれに限る、とおもわせる説得力に満ちている。
 薬缶の用途は単純だ。水道の蛇口から水を注ぎ入れて
 加熱器にかける。ガスでも電磁調理器でも同じことだ。
 湯が沸くと、注ぎ口から湯気が立ち上がり、
 それを急須や保温ポットに移す。
 柳宗理の薬缶は、そんな日常の行為を無理なく自然に行なうための
 道具として、すばらしく良く出来ている。取手の握り心地やたっぷりした
 注ぎ口の造形はいい意味で鈍みがあり、安心感がある。
 ずんぐりと座りのいい胴や蓋の膨らみには、用の美に徹した設計者の
 誠意が張っているようだ。
 少しまえまではイタリア製の、幾何学的にエッジの立ったケトルが
 なにやら目を奪い、時代の先端を切り裂いてすすんでいるかのように
 感じられたものだ。しかし最近ではむしろそういうものの方が
 時代がかって見える。
 この感覚は決して懐古趣味の流行やリバイバルブームでない。
 消費の欲求に駆られて、目を三角にして「新しさ」を追い求めてきた
 僕らのアタマが、少し平熱にもどって、まともに日常の周囲を
 見渡すゆとりができたということではないだろうか。
 柳宗理の薬缶はアンティークでもないし、古き良き時代を象徴する
 ノスタルジーの産物でもない。ごく普通の工業製品として、
 日常の動作にきれいに寄り添っているということだ。』

(次回に続く)

(K.K.)


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2010年01月05日

「横棒は人生、縦棒は歴史」

昨年、暮れも押し詰まった日に京都出張があった。
これ幸いと早めに都入りし、久しぶりに嵯峨嵐山を訪れた。
何と、十数年ぶりのことで、地図もおぼつかない。
JR嵯峨嵐山駅でもらったパンフレット手に、歩き出した。
渡月橋、天竜寺を観て、嵯峨野・嵐山の代表的風景、竹林散策、
落柿舎あたりでデジカメの出番が多くなる。
まだ、このあたりで、このような田園風景が広がっているのに驚く。
日本の原風景なのだろう。何もかも忘れてほっとする。
青い目の外人さんからも、シャッター押しを頼まれたりして、
一人旅も結構楽しい。

その後、大晦日から年明け3日まで、群馬県高崎市の山間に居た。
読書三昧を試みての一冊目は、南鶴渓の『文字に聞く』。
その本の中で目にした「横棒は人生、縦棒は歴史」からの一節。

 『時、2010年、漢字では、二千十年。
  十という文字は、横棒をX軸、縦棒をY軸と見立ててもいい。
  そうすると、人類の長い歴史の中で、今生きているあなた自身の
  座標が見えてくる。すなわち縦棒(Y軸)が人類の歴史、
  横棒(X軸)があなた自身の自分史である。
  縦棒と横棒の交点が、現在のあなた自身がいる位置ということになる。
  有史以来、今日に至る大きな流れの中で、人類はさまざまな文化を
  創造してきた。身近な衣食住はもとより、思想、哲学、芸術などの
  すべてが、過去からの積み重ねである縦棒の上に成り立っている。
  その中でも、言葉と文字は最も重要なものである。』

と、考えさせられる箇所を紹介したところで、今年もよろしく。

(K.K.)


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2009年12月22日

健康で明るい年に

今朝、届いていたメールで、
来年が明るくなることを確信したので記したい。

一つは、希望していたところに、無事就職できたという嬉しい便り。
11月の研修会で頑張っていたS君からだった。
努力が実った。おめでとう。

二つ目は、来年は、新しい会社に是非トライしてみたいと
意思を伝えてきた後輩からのメール。
「異業種だが、どうか」という、私からの投げかけへの答えだった。
チャレンジすることは、すばらしい。

三つ目は、北京からのメール。
「どうも厳冬の寒流と大雪で、ヨーロッパ諸国も
 数多くの死者がでているそうです。今年の冬は本当に異常ですね。」
「先生も、できたら毎日の朝と夜、二回に分けて
 生姜入りの紅茶をお飲みになって、体を温めて下さい。
 あと、ビタミンCの補充も忘れずに」
などと、流暢な日本語での便りだった。

彼らは三人とも、すべて元気で健康な若者たちだ。
私の 座右の銘は、
「健康はすべてでない、しかし健康がなければすべてがない」。
今日から「生姜入りの紅茶」を飲もう、風邪は引かないぞと、
メールを見ながら思った。
みなさんも、一に健康。来年も健康に過ごしましょう。
元気なら、頑張りも効くし、チャレンジもできる。

(K.K.)


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2009年12月15日

ちょっと明るい話

12月14日、東京・高輪は泉岳寺での、赤穂浪士たちの
「義士祭」が終わると、急に来年のことが気になり始める。
仲間との新年会の話も出てくる頃だ。
そして、「仲間」と言えば、誰かが書いていたくだりを思い出す。

「人生って、どうせ草野球のようなもの。
 勝っても負けてもたかが知れている。
 あとで振り返って思い出されるのは、
 スコアなどよりも、仲間みんなで遊んだ
 あの頃が良かったということになるだろう。」

来年、仲間たちで本を出すことを決めた。
2年ほど前から、色彩に関する研究をするボランティア会員仲間が、
それぞれ、色に関するエッセイを書きためており、
それをまとめて出版を出来ないか、模索していた。
しかし、出来れば、書店で売れる本にしたいと
欲を出したのがいけなかったのか、
この不況時、どこの出版社も相手にしてくれなかった。

思い余って、後輩・M君に相談したところ、
彼が編集し直すことで、受けてくれる出版社が出てきた。
しかし、彼の健康がこの2年、編集の激務に耐えられる状態ではなく、
出版の話は塩漬け状態になっていた。

それがここに来て、来年2月頃には完治するだろうと、
M君の体調も明るい方向になった。
明るい話が出てきたので、M編集長のもと、
仲間が皆でスクラムを組んで、出版事業に取り組もう、
出直そうということになった。

私の今年の、いや来年の、ちょっといい話題、明るい話である。

(K.K.)


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2009年12月08日

森繁久弥さんにセンスを学ぶ(4)

『森繁久弥は多彩である。
 だいたい古川緑波一座で鍛えられたあとは、
 満州に渡ってNHKのアナウンサーになっていたし、
 喜劇軽演劇悲劇ホームドラマ百般はすべてこなし、
 なんと50年も続いている加藤道子との
 ラジオ『日曜名作座』の朗読は日本の話芸といってよい。
 そして、歌はモリシゲ節。これはなんといっても森繁久弥の
 哀愁そのものだが、それだけでなくミュージカルも旨い。
 それから、ヨット、クルージング、「あゆみの箱」などの慈善事業、
 さらにはエッセイの達人で『森繁自伝』『こじき袋』
 『帰れよや我が家へ』ほか、著書もすこぶる多い。』
 (松岡正剛『千夜千冊』より抜粋)

森繁久弥さんの本当の職業はなんだったのだろうと、
『ウィキペディア』を引いてみると、
俳優、作曲家、作詞家、アナウンサーと4つが並んでおり、
解説記事は、なんと15ページに渡っている。
大阪に生まれ、その才能は、東京のみならず満州にまで及び、
マルチタレントとして花が咲いてゆくのである。

私が接した頃の森繁さんは、すべて引退されていたが、
その存在感は凛としていて、ひと言、一言が身にしみたことを覚えている。
食欲旺盛で、ステーキ等の肉料理を平らげ、
ホットブランデーを愛飲する元気な姿は、
晩年、「体は思うように動かないが心は現役である」という
コメントの主、そのものであった。

大正に生まれ、昭和を舞台に生き、平成で96歳の生涯を全うした
森繁久弥さんのことを、松岡正剛氏は、
「昭和史とは、森繁久弥の歴史だったのである」と書いている。
その昭和史の一端を見せていただいたことは、私の心に残る財産である。

(おわり)

(K.K.)


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2009年12月02日

森繁久弥さんにセンスを学ぶ(3)

ここで、森繁さんのこの「大正会」のルーツに触れるに当り、余談を一つ。

先日、日経新聞・夕刊の「学びのふるさと」という欄で、
タレントのルー大柴さんは、三橋達也さんから芸能界のルールを学んだ
という記事を目にした。
三橋達也さん(1923-2004年)と言えば、終戦直後に映画界入りし、
「天国と地獄」などの黒澤明監督作品や、米映画「トラ!トラ!トラ!」などに出演、
ダンディな風貌で人気だった俳優だ。
ルー大柴さんは若い頃、2年半、付き人という底辺で、
「坊や」と言われながら三橋さんに仕えたことが、人生の財産と語る。
中でも、「スタッフに気を遣え」という一言に教えられたのだという。

その三橋達也さんが中心になり、森繁さんや淡島千景さんなど、
大正生まれの人達が銀座で集まった会が、この会のルーツで、
私が入会した2005年には、三橋達也さんは、既に亡くなっている。
1913年、大正2年生まれの森繁さんは、この会の発足当時から
長老であったことは言うまでもない。

クレー射撃やヨットなど、多趣味で知られた三橋達也さんと、
若い頃には、射撃も、ヨットも趣味にしていた森繁さんとの多趣味な付き合いは、
銀座にも及んだのだろうと想像はつく。
映画やテレビの世界で活躍し続けた大正時代の友人同士で、
時には、銀座で食事するという「懇親会」。
その会の発足時の名前は「大正会」、今は「友友会」と改められている。

(つづく)

(K.K.)


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2009年11月24日

森繁久弥さんにセンスを学ぶ(2)

次に、森繁さんの「食文化考」。
一つのお膳に、懐石風に9種類もの品が出てくると、
さて、何から口にするか?
森繁さんとて、しばし考える。その様子も面白い。
映画『社長太平記』や『駅前旅館』の、あの温厚な顔で、
一通り、目で楽しんだ後に、静かに決断するのである。

近代デザインの生みの親、ドイツのワルター・グロピウスが、
日本食の色彩の組み合わせ、そのデザインやレイアウトに
いたく感動したという話のごとく、
森繁さんも、目でかなりの部分を堪能し、お酒の注文に入る。
この品には、赤ワイン、こちらの品には日本酒が合うと、
9品それぞれに敬意を払って、9種のお酒をチョイスするのには驚いた。

そして一品づつ、目や舌で味わいながら、箸を、杯を重ねるのは、
まるで映画の中の” 森繁社長“さんそのものだ。
9種類の懐石料理に四つに取り組んでいるがごとくの食べぶりには、
年齢を感じさせない迫力があった。

それが、森繁さん93歳の誕生日の前の日だったことを、
今でも印象深く覚えている。

(つづく)

(K.K.)


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2009年11月17日

森繁久弥さんにセンスを学ぶ(1)

戦後の映画、演劇を牽引、大衆芸能の分野で初の文化勲章を受賞した、
俳優の森繁久弥さんが11月10日、老衰のため亡くなった。96歳。合掌。

銀座にある大手広告代理店・社主のOさんに推挙され、入会した、
とある会の長老が、何と、森繁久弥さんだった。
大正生まれの人達で作った、伝統ある銀座のこの会も、
昭和、平成になり、「そろそろ、昭和生まれを入れないと継続できない」
と、そのような訳で入会を許された会である。

伝統ある会とは、何をする会だろうと思っていた私は、
参加した初日、ただ、おいしいものを頂き、楽しい時間を過ごすという、
すこぶる単純な会だと分かり、大いに気に入った。
それが、2004年の夏のことだった。
ビジネスも何も関係ない会で、年に2、3回、幹事持ち回りで日時を決め、
時間がある人が参加するという、単純明快な「食事会」。
それ以来、時間があるときに参加させてもらった。

3年ほど前の5月、森繁さん93歳の誕生日前日、その会が銀座であった。
当日は、懐石料理の伝統ある店。
偶然、私の横が、森繁さんのお手伝いさん、そして森繁さんの席順であり、
森繁さんの食べっぷりが、すべて覗ける席に興奮を覚え、
原稿用紙3枚は取材したい!と、不謹慎にも盗み目を続けた私は、
森繁さんのセンスに、改めて感動した。

まず、ファッション。
新鮮で若々しい、黄緑のネクタイと紫のジャケットは、すこぶるセンスがいい。
つい、お手伝いさんに「誰が選んだのですか」と聞く。
「先生ですよ。先生が全部決められるのですよ。」と聞くにおよび、
そのセンスに頭が下がった。
さすが、映画、演劇会の重鎮だと、その時、改めて思ったものだ。

(つづく)

(K.K.)


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2009年11月10日

循環社会を楽しむ

私の趣味の日曜大工も、天井まで備え付けの本箱を
完成させるところまできて、自己満足と楽しみを満喫している。

ところが、本を整理してみて、いかに読みもしない本が多いか気付いた。
ここで思い切って処分することに決め、新書や文庫本を
手に持てる分だけ選び、古本屋に、40-50冊持参した。
その買取り価格は、なんと510円。
捨てるようなものを持参したのだから、ありがたく思えという常識と、
少し安すぎたのでは…と、反省に似たものがこみ上げてくる。

その足で、大型電気店を覗く。
決算大バーゲンコーナーで、DVDマルチメディア英語教材が目に入る。
通常9,240円のものが、赤札500円。
パッケージを見ると、イディオムの例として、「carry out=実行する」と
載っている。それでは!と自ら「実行」。購入した。
全くの衝動買いだ。

こうして、古本が、DVD教材に生まれ変わっただけなのに、
なにか、落ちつかない気がする。
我が身とて、時代の鼓動を意識しながらも、やはり古本には郷愁があり、
DVDには、まだまだ馴染めないのかもしれない。

しかし、この機会にチャレンジし、循環社会を楽しむことにした。
本日、その英語教材のインストール初日。
いつまで続くか、自分でも見ものである。

(K.K.)


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2009年11月04日

中国のデザイン(7)

私の感じた生の中国、中国のデザイン・シリーズの7回目。

『中国は、「文化の大砂漠」と言われる。なぜそうなったのか。
その大きな理由の一つは、実は、中国自身の歴史にある。
中国の歴史上、王朝の交替に伴う動乱や内戦がしばしば発生し、
経済的、文化的財産の蓄積を台無しにしてしまう。
それは当然、中国における文化の全面的発達を阻害する
大きな要因となっているだろう。
特に文化というソフトウエアは、一度破壊されてしまうと、
なかなか修復できないものである。
もうひとつの原因は、中国の伝統的政治制度にある。
二千数百年間にわたる皇帝専制政治の下で、
朝廷に仕える官僚となるのは、知識人に許される唯一の生きる道である。
そのため、政治権力から独立した文化人や知識人のいる場所はないのである。』
(中国問題評論家、石平(シー・ピン)氏 『これが本当の中国 33のツボ』より抜粋)

以前のブログで、
「中国5000年の歴史に支えられた工業デザインは、いかにあるべきか」
と、学会で大上段から学説を述べる先生方のことを書いたが、
石平氏よると、中国で生まれたもので、現段階で世界中に広がっているのは、
せいぜい珍味佳肴(ちんみかこう)の中華料理くらいであるという。
さらに、昔も今も、中国という国は、決して「世界の文化大国」でも何でもないのである、
と痛烈である。

何はともあれ、隣国の歴史も「他山の石」として、21世紀のデザインはどうあるべきか、
共に考えるのが、我々の使命だろう。

(K.K.)


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2009年10月27日

自動車デザイナーの未来

2年に1度の自動車業界の祭典、東京モーターショーが開幕した。
スポットライトを浴びているのは、どこもエコ・カーだ。
各社が、ショーの目玉に据えているのは、
モーターとガソリンエンジンを併用するハイブリット車(HV)と、
電気モーターだけで走る電気自動車(EV)だ。

HVもEVも電気を主な動力源とする点は同じ。
エコ・カー競争は、クルマの「電化」を競う形で進み、
高性能の蓄電池さえあれば、いい車が作れる。
米国では、3大自動車メーカーの不振をよそに、
EVを製造するベンチャー企業が、数多く登場している。

日本の自動車デザイナーも、クルマの「電化」に特化し、
蓄電池とモーターの組み合わせで、環境に優しい居住性や安全性、
高齢者のためのエコ・カーなどをデザインして欲しい。
ベンチャー企業の参入で、造形的にも、夢のような形が望まれるだろうし、
その実現に、日本の自動車デザイナーは、応えられる力を持っている。
日本の自動車デザイナーも、再び脚光を浴びる日も近いはずだ。
頑張れ、自動車デザイナー。

(K.K.)


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2009年10月20日

読書の秋

今年は、所用で中国に行くことが多く、
日本を出たり入ったりすると、季節を忘れがちだ。
気がついたら、秋。
この土日、しっかりと本を読み、読書の秋をしばし堪能した。

といっても、新刊本を購入したわけでもなく、
専門書を手にしたわけでもない。
ただ、リサイクルの本を無料で数冊、図書館から頂いてきて、
目を通しただけである。
中には、数年前、ベストセラーになり、かなり読みこまれ、
人の匂いのするものもあった。
エコ社会を意識したわけでないが、リサイクル本の行方を考えると、
一文字一文字、一行一行がいとおしくもなった。
そして、読みながら、少しずつリッチな気分にもなった。

万年不況の出版界、その経営状況は、厳しいところばかりと聞く。
返品本ばかりを大量生産していると、厭味を言う人もいるが、
新刊書、リサイクル本、いずれの本でも、
一行一行の中に、それぞれの魅力を隠し持っている。
それを見つける楽しさを一番味わえるのは、やはり、秋かもしれない。
忘れかけていた読書の秋を、久しぶりに満喫。

忙しい日々を送る皆さんも、一日ゆっくり時間を取って、
読みたかった本を手にしてみてはいかがだろうか。

(K.K.)


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2009年10月13日

中国のデザイン(6)

私の感じた生の中国、中国のデザイン・シリーズの6回目。

遅い夏休みを北京で過ごそう、と友人から誘われ、
10月の初め、再び中国へ旅立つことにした。
週末・金曜の夜に出発し、火曜の朝帰りというのだ。

折しも中国は、10月1日に建国(共産党政権)60年を迎え、
厳戒態勢の北京市中心部で、大規模な軍事パレードを実施、
1日から8日までが国民の祝日、というゴールデンウイークであった。

パレードでは、核弾頭搭載可能な中・長距離弾道ミサイルや
新型戦闘機が登場し、飛躍的な軍事力の向上を誇示した。
物騒なことだし、時代に逆行している。
中国軍備は「危険水位」だと内外から批判されたが、
テレビでは、朝から晩まで、10年ぶりの軍事パレードの賑わいを放映し続けていた。
それはまるで、毛沢東時代に、各家庭にポスター20数億枚を配り、
宣伝した時代の名残とも、私にはとれた。

時を同じくして、ノルウェーのノーベル賞委員会は9日、2009年のノーベル平和賞を
バラク・オバマ米大統領に授与すると発表。
「核兵器なき世界」の実現に向けた構想と努力を評価し、
「世界により良い将来への希望を与えた」事などが受賞理由とか。

オバマ大統領の「政治を変える」姿勢に倣い、
中国もそろそろ、軍事パレードという、その「習慣を変える」時代であると思う。
天安門広場での各地方の山車(各省の特徴を展示・PRするもの)を見るにつけ、
各地のデザイナーの知恵と、その感性は捨てたものでないと感じる。
大衆を魅了するのには、軍事力を誇示せずとも、
それに勝る、「デザイン」という素晴らしいものがあることを、改めてここで記したい。

(K.K.)


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2009年10月06日

身近な比較文化論

以前、このブログで、「気になるデザイン」として、
シンガポールのジャイアント観覧車について書いた。
高さ165mの「シンガポール・フライヤー」は、観光立国のシンボルだ。

先週は、グラフィックデザイナー・原研哉さんの
『美意識は資源である』からの引用で、
「繊細」、「丁寧」、「緻密」、「簡潔」が日本人のプロダクト魂だと紹介した。

そして先日、商用で立ち寄った横浜で、
いまや横浜の典型的風景として欠かせないシンボルの1つ、
大観覧車「コスモクロック21」を見て、思うことがあった。

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横浜の観覧車は、夜空を彩る日没後のイルミネーションが素晴らしい。
時計機能のほか、毎時15分毎に、直径100mの観覧車を使って、
夜空にあがる大輪の花火を連想させるイルミネーションが現れる。
春はグリーン、夏はブルー、秋はゴールド、そして冬にはピンクレッドの
照明の美しさに感動する。

原研哉さんの言葉「美意識は資源である」、その意味を、
この大観覧車を見て納得した。
横浜の美しさ、日本の美が、ここにありというふうに私には思えたのだ。
シンガポールと横浜、時には、観覧車ひとつでも「比較文化論的」に見ると
面白いものがみえてくる。
異国の旅も良し、身近な景色もまた良し、と思った。

(K.K.)


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2009年09月29日

中国のデザイン(5)

私の感じた生の中国、中国のデザイン・シリーズの5回目。

先日、中国の大手インターネット会社「百度」の日本支社長の講演で、
日本人は「職人」で、中国人は「商売人」であると、
いろいろな例をあげて話されていた。

中国人から見ると、日本人が「職人」に見えるのはなぜだろうと
思っていたところ、タイムリーにも、9月号の『図書』で、
グラフィックデザイナーの原研哉さんが、日本人について書いていた。

『掃除をする人も、工事をする人も、料理をする人も、灯りを管理する人も、
すべて丁寧に篤実に仕事をしている。
あえて言葉にするなら「繊細」、「丁寧」、「緻密」、「簡潔」。
そんな価値観が根底にある。日本とはそういう国である。』
(「美意識は資源である」より抜粋。)

「職人」堅気の日本人のプロダクト魂と、
中国五千年の歴史に見る『商売』上手が協調して、
来るべき、アジアの時代を迎えるのが期待されているのだと思う。
中国のデザイン界が、まだまだ日本にまなざしを向けているのは、
原研哉さんの言葉にある、「繊細」、「丁寧」、「緻密」、「簡潔」を
学びたいということだろうと、私は思った。

(K.K.)


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2009年09月25日

中国のデザイン(4)

私の感じた生の中国、中国のデザイン・シリーズの4回目。

中国のインターネット人口は、今年、3億4000万人に達した。
統計で見る限り、この8ヶ月で、4000万人増えたことになる。
インターネットの発達で、もはや「国境は無い」と言われる時代になった。
そして、外観デザインで見る限り、中国の街で店頭に並ぶ商品も、
日本で見かける商品も、何ら遜色は無い。

先日、内モンゴル自治区、包頭市の
「2009年全国工業設計教育研究会
(2009 Internal Conference of Industrial Design Education)」会場で見た、
各大学選抜の卒業制作特別展の内容も、
テーマを含め、日本と遜色が無いところまで来ている。

インターネットの情報伝達力は、日本と中国をも、
瞬時に「国境は無い」状態にもっていってくれたように思えるが、
よく見ると、それぞれのモノの外観デザインは同じでも、
その国の文化の差までは、短時間では埋められないことが分かる。

例えば、日本で見られるような、老人ホーム建設や福祉産業は、
中国では、まだ必要とされないという。
同じような高齢化社会に突入しても、儒教国である中国では、
親と同居し、面倒を見るのが当然という思想だからだそうだ。
そうした異文化ゆえの差は、時間をかけて、生活を見ないと分からない。

決して、インターネットで瞬時には埋められないところにこそ、
今後一層、デザイナーの力が、クリエイティブ能力が、
問われることになるだろうと思った。

(K.K.)


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2009年09月15日

中国のデザイン(3)

私の感じた生の中国、中国のデザイン・シリーズの3回目。

北京から飛行機で1時間、日本でいうと東京から札幌あたりに位置する、
内モンゴル自治区、包頭市(人口250万)で行われた、
「2009年 全国工業設計教育研究会
(2009 Internal Conference of Industrial Design Education)」
に、オブザーバーとして参加した。

中国全土、約150大学の工業デザインの先生達が、
毎年、研究発表をする学会である。
学会であるが故に、映像をまじえて1時間以上のスピーチが続く。
中には、中国五千年の歴史に支えられた工業デザインは、
いかにあるべきかとの、大上段から学説を説く先生もあり、飽きないが、
それを聞き流しながら、中国の工業デザインの過去・現在・未来を
3分間スピーチでまとめると、どうなるのだろうと考えてみた。

「多分に、工業デザインの過去・歴史は20年。
手描きスケッチなどのアナログの世界を経験することなく、
コンピュータからデザインを始めた世代、
デジタル社会の落とし子であるデザイナーが現在。
未来はといえば、中国五千年の歴史・文化を基盤に、
人口13億人のパワーが、アナログ・デジタル社会を問わず、
世界をリードする国になるだろうと想像はつく。
決して、日本は、近くて遠い国ではなく、近くて近い国である。」

(K.K.)


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2009年09月08日

中国のデザイン(2)

私の感じた生の中国、中国のデザイン・シリーズの2回目。

何処の大学へ行っても、デザインを学ぶのは、圧倒的に女性が多かった。
比率で見ると、女性が7割程度を占めているように思う。
それだけ、デザインには、女性にモテる何かがあるのだ。

例えば、ファッションデザインは、どこでも女性に人気だし、
化粧品も、彼女達は日本製品にあこがれていると聞いた。
お土産に、日本の女性雑誌を数冊持参したことがあったが、
非常に喜ばれ、回し読みしているとの礼状をもらったこともある。
あの北京オリンピックの閉会式での、背の高い、美人揃いの中国女性も、
裏には、デザイナーの演出があったのだろうと思うと、
大学生がデザインにあこがれるのも、よく分かる。

思うに、デザインは、美への関心と無関係ではなく、
「衣食足りて礼節を知る」ように、「衣食足りて知る」類に属するのだ。
今年の末には、GDPで中国がわが国を追い越すごとく、
中国の台頭は、デザインにおいても勢いづいているのは、頷ける。

この6月の全中国・大学卒業制作展を見ても、
デザイナーを目指す彼女達の活躍ぶりには、目を見張るものがあった。
学びの場である大学で、彼女達がスケッチしているのを見ても、
その目の輝きが違う。
中国の女性デザイナーが、世界に羽ばたく日を期待したい。

(K.K.)


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2009年09月01日

中国のデザイン(1)

先月は、二度も中国に行き、上海、北京、内モンゴル、包頭市などを
訪れる幸運に恵まれた。
こんなことは生まれて初めてで、少し興奮気味である。
決して、オーバーなことを書くつもりはないが、
私の感じた生の中国、そして中国のデザインを、シリーズで記したい。

まずは、言葉、中国語について。
都内の山手線などでみかける中国人は、
ことごとく声が大きくて、閉口することがある。
中国通である私の先輩も、いつも気にしているが、
中国では、北京でも、上海でも、やたら大きな声で話している。

カルチャーの違いだろうという程度の認識でいたが、
今回、日本通である中国人の友人に、その真相を確かめてみた。
結果は、大きな声でないと、彼ら同士、意味が通じないというか、
会話が成り立たない、というのである。

少し中国語を齧ったことのある人なら理解しやすいだろうが、
あの漢字一つ一つには、アクセント(声調)があり、
声を上げたり下げたり、抑揚をつけて発音するのだ。
声調は4つあり、これを「四声」といい、四声によって意味が違う。
日本語には無いから分かり辛いが、四声を使い分けないと
意味が通じないから、自然に大きな声になるらしい。

中国語には、漢字ばかりで、日本語の仮名にあたるものが無い。
だが、その漢字を眺めていると、なんとなく意味が分かったり、
納得する単語が多いのが、我々日本人には救いだ。
例えば、どこでも目にする「安全出口」の看板は、日本の「非常口」のことだ。
私など、「非常口」より、「安全出口」の方が分かりやすいとも思う。
少々、「中国語かぶれ」してきたのかもしれない。

(K.K.)


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2009年08月25日

健康第一

医師である友人から、残暑見舞いが届いた。

 『残暑お見舞い申し上げます。
  お変わりありませんか?
  昨日、国内で初めて、新型インフルエンザの死者が出ました。(8.15)
  慣れてしまって、余り大きなニュースにならなくなっていますが、
  この秋冬は要注意と思います。
  ワクチンがまだ出来ず、薬も効かない場合もありそうなので、
  とりあえずは、地道に、うがい・マスク・手洗いという事になりそうです。
  流行が近づいて来たら、これらを励行するのが一番の対策と思います。
  うっとうしいご時世ですが、しっかりと身を守りたいですね。
  以上、職業柄のアドバイスでした。では。』

彼の病院の待合室には、
「健康はすべてでない、しかし健康がなければすべてがない」
という色紙が張ってあったことを思い出した。
ありがたいアドバイス、今日から早速、実行しよう。
みなさんも、健康第一。
元気でなければ、良い仕事はできない。お気をつけて。

(K.K.)


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2009年08月18日

家族旅行とビジネス

お盆休みを利用して、海外旅行を楽しまれた方も多いだろう。
友人のK君は、そんな4日間の旅行のうち、
1日をビジネスに当てたと聞き、さすがだと感心した。
彼の場合、今春、会社を立ち上げたこともあり、
時間は、いくらあっても足りない。
マーケットを覗く市場調査が必要だと、1日は別行動したそうだ。

この時期、会社を立ち上げる、起業するとはどういうことか、
30年のサラリーマン生活から、彼は身をもって学んでいるのである。
時には、社会のあらゆるストレスが、我が身に降りかかることも、
彼は経験しているから、家族で海外旅行を楽しみながらも、
1日はビジネスに専念し、バランスをとる人生を選んだのだろうと、
私には想像がつく。

がんばれ、K君。
「10年辛抱しろ」と、脱サラ・先輩の弁を贈ろう。

(K.K.)


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2009年08月11日

ユニバーサルデザイン再考

海外旅行で、しばしば悩まされることの一つに、入国カードの記入がある。
先日も、中国へ入国するとき、入国カードを機中でしっかり書き、
入国審査に臨んだが、記入漏れを指摘され、その場で書き足して入国できた。

「飛行機の座席番号」を書く項目で、単純な私の見落としだった。
日本やシンガポールでは記入がいらないので、中国も大丈夫と思っていたのだ。
確か、この3月に行ったときは、中国も必要なかったが、
例の新型インフルエンザ騒動から、急に座席番号が必要とされ、
インフルエンザ患者が見つかれば、近くの座席の人は隔離されるという、
あの騒動に発展していったのだ。

思うに、入国カードにこそ、ユニバーサルデザインが求められる。
障害者、高齢者、健常者の区別なしに、すべての人が記入しやすいよう、
考えられるべきものだろう。

1974年、アメリカのメースによって提唱されたユニバーサルデザインの概念だが、
36年経っても、充分に実行されているとは言えない。
今こそ、今からでも、ユニバーサルデザイン再考を望みたい。

(K.K.)


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2009年08月04日

就職事情にみる国民性

上海で、私立のビジュアル系大学の副学長に会う機会があったので、
ずばり、今年の就職事情を聞いた。
インテリア、ランドスケープ、建築、アニメーション、グラフィックと
多岐にわたる専門分野の総勢500人は、就職率100%だったと、
話していただいた。

但し、デザインを学んだからデザイン分野に進むという、
普通の就職コースは、やはり難しかったらしい。
働き口があれば、先ず就職するというケースが目立ったという。
どこも、事情が同じと見た。

そこの学生の比率は、女性が4で、男性が1。
女性の方は、給料面の条件を含め、スムーズに就職してゆくが、
男性の方は、腕がなくとも給料にこだわって就職せず、
フリーで活躍したいと飛び出ていく若者が増えてきているという。

そのあたりが、わが国の男性デザイナーとの大きな違いだと思った。
不景気だからこそ、ベンチャーに身を置く。
そのしたたかな根性は、やはり中国人のDNAなのかと、
隣国・中国の就職事情を通じて、国民性も垣間見た気がした。

(K.K.)


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2009年07月28日

麗しのテーマたち

懇意にしている後輩から、「ゼミ卒制企画審査会」に
来てくれないかという誘いがあり、同僚と共に出席した。
彼の教える大学で学ぶデザイナーの卵で、
来春卒業予定の4年生、24名の卒業制作テーマを
先生、先輩、後輩など、皆でチェックし合うという、珍しい公開審査会だ。
さぞ、刺激的なテーマがあふれているだろうと、期待して出かけた。

はじめに企画書を配り、自己紹介、テーマ、コンセプト、セールスポイント、
効果予測、スケジュール等々を、各自発表する。
先生や審査員からの質問を受け、応えるという5分間。
それを見ながら、審査員は評価表にもとづき、各項目を採点していく。

この学年は、女性が8割を超えているから、どちらかというと華やかで、
夢とロマンあふれるテーマが並ぶかと思いきや、
かなり地味な、エコだとか、省資源だとか、
真面目なテーマに取り組んでいるのには驚いた。

こんなにも、やさしい、麗しいテーマが並ぶと、
おとなしいデザイナー集団になるようで、面白くない。
私などは天邪鬼だから、「ドスの利いた滅茶苦茶なアイデア」
なども出して欲しいと、つい無いものねだりをお願いしたくなった。

こうなってしまうのは何故なのだろうと、今、考えている。

(K.K.)


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2009年07月22日

日本の職人技

先日、「秋山孝ポスター美術館長岡」のオープンを祝ったあと、
長岡市に泊まり、翌日の日曜は、直江津に向かった。
町村合併で今は上越市。
NHKの大河ドラマに沸いている街と思いきや、
不況のせいか、観光客も少なく、静かな街で驚いた。

かねてから、上越市の轆轤(ろくろ)職人・K氏の工房を
見せてほしいと思っていたが、なかなか機会がなく、
今回は、長岡市まで来たのだからと、思い切って足を伸ばした。

彼は、駅まで迎えに来てくれた。
作品を見せてもらい、工房では、欅でお椀を挽いてもらった。
歴代、木曽(長野)の職人の末裔だけあり、
30年を超える年季の入った職人芸は、やはりすばらしい。
神業のようにお椀が出来てくるのだ。
早速、記念に彼の写真も撮らせて貰った。

彼と話しながら、「民芸運動」を起こした、柳宗悦を思い出した。
彼は、日本各地や朝鮮半島を旅し、
『雑器の美の発見は、日本人の独自な文化的業績であった。
その美感覚がどのようにして育まれてきたかを探ることは、
そのまま日本文化の核心に触れることである得るほど、
それは、注目に値する創造である』
と民芸の美を説く。

K氏の職人技には、プロダクトデザインには無い、
「美と健やかさ」があり、手仕事の持つ魅力があった。
柳宗悦の目に学ぶものが、まだまだ日本にはあるのだ。
旅も良いものだ。

(K.K.)


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2009年07月14日

デザイナーの偉業

グラフィックデザイナー・秋山 孝は、本当に美術館を作り、
自身の作品を並べ、オープンした。
今月11日(土)、多くのファンの協力を得て、
彼の郷里・新潟県長岡市でオープンにこぎつけた。
私もお祝いに馳せ参じた。
実に、凄い偉業を成し遂げたものだ。
その日のことを、新潟日報は、下記のように報じている。

長岡市出身のグラフィックデザイナーで
多摩美術大学教授の秋山孝さん(57)が造った
「秋山孝ポスター美術館長岡」が12日、
同市宮内2にオープンする。秋山さんは「地域の
文化交流の拠点になれば」と話している。
秋山さん制作のポスターは国際展で入賞するなど
世界的に評価されており、同館では秋山さんの
代表作を常設しながら地元の学生の作品展示や
講演会なども開いていく。
(中略)11日には記念式典と内覧会があり、
秋山さんは「多くの人たちの協力のおかげで
この美術館ができてうれしい」と話した。
10月9日までは入館無料。火曜休館。

(新潟日報 2009年7月12日付)


(K.K.)


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2009年07月07日

七夕と人間ドック

先日、恒例になった年一回の人間ドック入りした。
待合室で、今年も、
「健康はすべてでない、しかし健康がなければすべてがない」
という色紙にお目にかかった。

いつも言われることだが、健康維持の3原則は、
「運動」「栄養」「休養」、この3つがうまく組み合わされて、
バランスよく健康が維持できる。

私の場合、この数年、毎日一万歩以上歩くことを
自分に義務付けているおかげで、
今年も、ドクターに褒められる結果になり、このところ鼻が高い。

ただ、毎日歩いているだけだが、一週間分記録できる歩数計で
管理しているので、かなり真面目に続けている。
そのことが、一番の健康の秘訣だと、ドクターの健診の弁。
褒められるなら、来年もこの病院に、このドクターにお願いしよう、
七夕近くが覚えやすくて良いから、この時期に来よう、と思った。

健康なるがゆえに、毎年の健診をサボっているうちに病気になり、
入院した若い頃の自分の失敗が、やっと今、ここで解消されたようで、
今日も歩こうと、単純に考えている。

デザインも、「simple is the best」。
健康の秘訣も、歩くことが、「simple is the best」だと、私は信じている。

(K.K.)


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2009年07月01日

一人のデザイナーとして

GM(ゼネラル・モーターズ)の二の舞になるまいと、
喝を入れ始めた企業が多いと聞く。
デザイン部門も然り。
では、今、そのGMのデザイナーの再就職は
どうなっているのだろうという話になった。

友人が、米国の若いデザイナーに聞いてみたところ、
意外なことに、「彼等は悠々としている」そうだ。
なぜなら、GMのデザイナーは、エリート中のエリートで、
世界の自動車メーカーから、常に引っ張りだこなのだ。
恐れ入った。

彼等は、GMという会社に属してはいるが、
その腕は超一流と言われ、どこでも勤まるという、
失業がない世界にいるデザイナーなのだ。
まだまだ、デザイナーの世界も、腕さえあれば、
夢が持てる世界なのだということを、改めて知った。

今からでも遅くない、デザイナーよ、腕を磨こう。
会社人間になる前に。
一人のデザイナーとして立てるように。

(K.K.)


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2009年06月23日

続・上海万博の足音──開幕まで300日 

変貌を続ける上海で、インテリアデザイナーとして
活躍している友人と、先週、東京で杯を交わした。

上海万博は、昨年の北京オリンピックに続いて、
中国を先進国に成長させる国家プロジェクト。
来年5月から、半年という長期にわたる万博の重点は、
経済活性化にある。

金融危機に伴う世界的な景気悪化の中での開催。
準備の進み具合はどうかと聞いてみると、
もう、内装の仕上げに入っているパビリオンもあるが、
建物の基礎も始まっていないところもあるらしいと、彼は言う。

毎日、徹夜作業が続いているというから、
開幕までには大丈夫、と市民は楽観しているし、
万博会場建設地など、上海市内を一望できる慮浦大橋などは、
人気の観光スポットで、毎日観光客で賑わっているという。

中国は共産国。
今のところ、万博に関する悪いニュースは、何一つ報道されないから、
皆、安心しているそうだ。
日本のように、インフルエンザを毎日トップニュースで報道する国は、
そんな彼らからすれば、異常に見えるのだろう。

もちろん、明るいニュースが沢山ある国のほうが良いとは思うが。

(K.K.)


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2009年06月16日

上海万博の足音──開幕まで300日 

日経新聞の夕刊に、昨日から上海万博の連載が始まった。

「万博で一番見たいのは米国館」
――こんなアンケート結果が、上海の新聞に載ったそうだ。
見てみたい海外のパビリオンは、米国館が51%で1位。
2位はフランス、3位は英国、日本も4位に食い込んだ。
日本は、愛知万博の実績もあり、
見たいと思っている人が多いのかもしれない。
しかし、出展を決めてもいない米国館が、
皮肉にも、最も人気を集めたという結果だった。

破産法の適用を申請したゼネラル・モーターズ(GM)が、
上海万博の最も高い位置づけの協賛企業。
巨額の協賛金がどうなるのかが心配の種、と報じている。

来年5月1日に開幕する上海万博まで、300日余り。
中国の明日が見えるといわれる経済都市・上海。
その、変貌を続ける上海で、インテリアデザイナーとして
活躍している友人と、今週、東京で会う。
彼に、この新聞記事の裏を聞いてみたいと思っている。

(K.K.)


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2009年06月09日

嬉しい電話

もう、4~5年前になるだろうか。
ニューヨーク帰りの若いデザイナーA君を、
製造から流通、商社的機能までを持った中小企業・B社に、
ご紹介したことがあった。
しかし、しばらくして、彼は健康上の理由で退社したと聞いていた。

先日、B社の社長とお会いしたとき、帰り際にA君の話が出ると、
明日、彼に会いに行くのだと、社長がニコニコ顔で言うので驚いた。
会社を辞めても交流があるらしく、ビジネスでも繋がっているという。
その場で、彼は携帯でA君を呼び出し、
「仲人」である弊社にいると告げ、電話を手渡されて面食らった。

しかし、元気で活躍しているA君の懐かしい声を久々に聞き、感無量。
私は大した話もできなかったが、元気だということだけは分かった。
嬉しい電話だった。

健康面も含め、予想し得ない幸、不幸が重なる、それも転職。
A君のように、そんな予期しない、不本意な状況になっても、
B社の社長と、仲良く「大人のお付き合い」ができる、
その技量は、大したものだと感心した。

特に、デザイナーの世界は狭い。
狭い世界を広く生きるのも、知恵と礼節次第。
ある意味、良い転職の例と思ってご紹介した。

(K.K.)


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