2006年9月アーカイブ

転職とは高い山に登るようなもので、楽なものではない。
ネットで見る限り、求人が無限にありそうに思えるが、
では実際、その中の1社に入るとなると、事はそんなに簡単ではない。
先日も、もう何社も受けているという若いデザイナーと話したが、
いずれも二次面接には進めないという。
彼らに共通して感じるのは、数社受ければどこかに入れるという甘さだ。
そんな甘さの持ち主を採用する企業などありえないし、現実を知らなさすぎる。
自分が何をデザインをしたいのか、どの軸足で生きて行こうとしているのかを
冷静に、そして謙虚に考えていないと、相手にはわかってもらえない。
要するに、デザイナーとしての志がどこにあるのか、
地に足の着いた、それでいて覇気ある態度が見えないと、
面接官は首を縦に振らないということだ。
例えばプロダクトデザインの場合、ボールペンから飛行機まで、
あらゆる工業製品の企画、デザイン、設計は、
どの分野であろうと「創造すること」には変わりない。
小さいからラクだとか、大きいから難しいということではないことを肝に命じてほしい。
若い時にはまだ機会がまわってこなくとも、
いつの日か、大きなデザインに取り組む、大きなチャンスが回って来るものだ。
急がば回れという諺もあるではないか。


デザイナー転職紹介、人材紹介、求人募集のビートップツー

先日、『125歳まで、私は生きる!』という渡辺弥栄司さんの本を読んだ。
『あと39年、「寿命の可能性」に挑戦する理由』という副題がついている。
書かれたのが3年前、実に86歳の時であるから今年で89歳、
日本の中高年に笑顔と自信を取り戻してもらう運動を展開する
ビューティフルエージング協会や、英語能力テストのTOEICを実施する協会の会長、
それに法律特許事務所の所長などをしておられる。

「人間は125歳が最大寿命とされ、
それまで無限に成長することができると言われています。
私は自分にあるその「可能性」を最大限活用して、
若者があこがれてくれるような人生をおくっていきたいのです。」
と書かれている。

彼のキャリアは夢への挑戦の連続だ。
1966年、49歳の時に日中国交正常化の道筋をつける仕事に就き55歳で実現、
その年にTOEICの構想を持ち79年に実施、
82年に65歳で司法試験合格、弁護士開業と、まるでスーパーマンにも見えるが、
その間の努力たるや、すごい。
彼の数々の挑戦を見ると、転職などは朝飯前、
夢への挑戦に障害など無いということがわかる。
例えあっても、努力でぶち破って行ったまぎれもない実例が、ここにあるのだ。
時には本から先人の面白い生き方を学び、
そこから転職の極意を読み取れることもあると思った。


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